
『THE MODEL』の著者が明かす、本当に伝えたかった“営業組織“とは?
皆さんこんにちは、CROHack運営メンバーの大島(@crohack_oshima)です。
前回、運営メンバーの松本が「THE MODEL の本質」というテーマで営業組織についての記事を書きましたが、THE MODEL については分業体制であるという認識が先行して浸透してしまっており、その副作用や企業の発展フェーズにおいて発生する様々な組織課題などがあまり語られていない現状があります。
【(狭義の)THE MODEL とは】
①見込み顧客の獲得を目指す「マーケティング」
②案件(もしくは商談)の獲得を目指す「インサイドセールス」
③「受注」の獲得を目指す「フィールドセールス」
④既存顧客の契約継続や単価UPを目指す「カスタマーサクセス」
の分業体制による営業組織のことを指す
『THE MODEL』ではCROの重要性をいち早く語っていただいているということもあり、当メディアがインタビューをするならこの方は外せないだろうということで、今回は『THE MODEL』の著者である福田康隆さんにお声がけさせていただきました。
導入期~成熟期の各フェーズに求められる営業・組織というテーマで、本著で本当に伝えたかったことを解説いただくとともに、日本においてCROをどうすれば増やすことができるのかなどの考えを対談形式でお伺いしました。
1万字を超える骨太の記事ですが、とても学びのあるお話を伺うことが出来ましたので是非最後までお付き合いください。
-対談者プロフィール
福田 康隆氏 ジャパン・クラウド・コンピューティング株式会社 パートナー ジャパン・クラウド・コンサルティング株式会社 代表取締役社長
早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2004年セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人で専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年マルケト代表取締役社長として日本法人の設立に関わる。2019年買収により、アドビシステムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウド・コンピューティングのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。
https://www.shoeisha.co.jp/book/campaign/THE MODEL
権田 和士 株式会社リブ・コンサルティング 常務取締役
早稲田大学卒業後、大手経営コンサルティング会社に入社。トップコンサルタントとして実績を残し、執行役員として活躍したのち、米国ミシガン大学に留学し経営学修士(MBA)取得。2014年、リブ・コンサルティングに参画。現在は常務取締役COOとして、人事部門の統括およびベンチャーコンサルティング部門の統括を務める。CROHack「CROとは?日本イチ詳しく解説します」の筆者や書籍『モンスター組織』の監修を務める。
https://twitter.com/gondy5280
-導入期に分業制は必ずしも必要ない
権田 福田さん、本日は宜しくお願いいたします。早速ですが近年日本でも、SaaS(Software as a Service)系の企業を中心に福田さんが執筆された『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』が注目されるようになりました。
多くの企業がTHE MODEL を取り入れており、この仕組みがかなり普及したことを実感しております。
THE MODEL について、一定数のリードが集まり、その後の販売体制も整っている“成長フェーズの企業”において、オペレーションの標準化をする分業制の考え方はとてもフィットすると思っています。実際にTHE MODEL は日本の成長企業にとってのバイブルとして大きく企業発展に貢献をした素晴らしいものだと感じています。
一方で、導入期や成熟期の会社においてもTHE MODEL が当てはまるのかについてまだ私の中で整理がついていないところがありますので、そのあたりを本日は福田さんにお伺いできればと考えております。
まず、導入期の会社においても「THE MODEL」は、導入すべきなのでしょうか?また、導入すべきだとした場合、どういった活用方法があるのでしょうか?
福田 前提として、私もすべての組織にTHE MODEL が当てはまるとは考えていません。
例えば、私が2014年に入社したマルケトでは、3名で日本法人をスタートさせました。その経験から言うと、導入期の企業に求められる営業では、「初期の顧客の成功にコミットすること」と「顧客のインサイトを沢山得ること」が非常に大事だと考えています。
実際この時も、本社からはまず営業人員を増やして、顧客獲得に集中するよう言われていたのですが、スタートから一気にアクセルを踏んで導入企業を増やしても、導入支援やサポート体制が構築できていない状況では解約に繋がってしまうことが想定されました。
初期のプロジェクトが失敗すると、マルケトだけでなくマーケティングオートメーション市場全体に対して顧客が懐疑的になり、市場が広がらなくなると考えて、まずは営業を増やすのではなく、導入支援コンサルタントとカスタマーサポートスタッフを採用することにしました。
まず、カスタマーサクセスを強化することで初期顧客の成功実績を確実に作り、お客様からの信頼を得ることに注力したのです。
また、マルケトでは市場の関心も当初から高く、リードが早期に獲得できたので早い段階でインサイドセールス(IS)も置きましたが、ISの役割に留めずフィールドセールスとして提案活動も行ってもらっていました。これは、リード獲得のタイミングだけでは取ることのできない顧客の「生」の課題情報を得るためです。
初期の段階では顧客のインサイトを得て、真の課題を把握することが最も重要であるため、当時の社員には分業ではなく営業も含めすべてを担ってもらいました。分業とは全く真逆のことをやっていた訳です(笑)
権田 ユーザーと直接向き合って、プロダクトだけでなくマーケティングやセールスに対してもフィードバックループを回すことで、大枠のレベニューモデルを作っていくということですね。
福田 そうですね。導入期では、「顧客は何で導入が行き詰まるのか」「顧客の本質的な課題は何か」などの情報を沢山集めて、そこから自社にとっての「理想の顧客像」の条件は何かを明確化することが重要になると思っています。
理想の顧客像は、単なる業種や企業規模だけではなく、例えば「新しい感覚のスタッフがプロジェクトリーダーにいる」「リテラシーが高い」というという感覚的なものもアイディアとして挙げていき、メンバーが共通認識を持てるようにしていきます。
このプロファイルを作るために顧客の声を沢山聞くことが導入期においては最も重要となります。
-ありたい姿から逆算して初期に開拓する顧客を決める
福田 導入期におけるもう1つのポイントは、初期に開拓する顧客がその企業のブランディングに大きく影響することを意識するということだと思います。
初期に開拓する企業によってその製品の市場からの捉えられ方は変わります。例えば、大手企業を先に開拓するとその商品は「大手向け」、中小企業を先に開拓すると、「中小向け」というイメージが付くことになります。
マルケトはあらゆる規模・業種のお客様に広く利用いただけるサービスでしたので、特定の規模や業種の印象が強くなるのは避けたいと考えました。
規模や業種ではなく、先進的な考え方でテクノロジーをフル活用できる次世代のマーケターを理想的なプロファイルとしました。そのイメージに近い顧客層が当時Forbes Japanが毎年発表していた「Start up of the year」の受賞企業でした。
当時のトップ10企業のうち7社にマルケトを採用していただく事により、"先進的なマーケターが使うクールなツール" “成長企業が利用しているツール”というブランドを獲得できたと思います。
導入期の企業においては、営業の効率性や拡大性を求めるのではなく、自社にとっての理想的な顧客像を明確にし、企業ブランディングの「核を作る」ということが重要かなと思います。
権田 なるほど、確かに初期の顧客群によってその企業のイメージが市場に付くことはよくありますね。ただ、今日の国内のSaaS企業に、あまりその考え方は浸透していないように感じます。
圧倒的に多いのが、まず都内のベンチャーを開拓し、次に大手を1社ずつ回ってから地方を開拓する――という流れですが、最初のベンチャー開拓の段階でその会社のイメージが“ベンチャー向けの商品“として固められてしまっているケースが多いですよね。
福田 はい、またこれは市場からどう見られるかの観点だけでなく、初期にどのような企業規模、業界業種の顧客ポートフォリオを目指すかによって、自社のカルチャーや、それにフィットする人材も変わってくるんですよね。
例えば、スタートアップに営業に行く時は、Tシャツにスニーカーといったファッションで訪問する、呼び方も“さん付け”として親近感をなど、顧客のカルチャー、ビジネススタイルに合った営業手法、コミュニケーションが必要となります。
なので、対象となる顧客によって必要な人材やカルチャーは全く変わってきます。
権田 私も大手企業向けとベンチャー向けの営業チームは、最初から分けたほうが良いと思っています。
ベンチャーを開拓したチームで、そのまま大手企業の開拓へシフトすると、カルチャー含めうまくフィットせず失敗するケースが多いです。なので、採用から大手とスタートアップを分けて行っている会社の方が、結果としてうまくいっているのではないかと思っています。
福田 そうですね、大事なのは最初から自分たちがありたい姿を踏まえて組織体制を考えることだと思います。
最初にベンチャーを開拓するために若いスタッフばかり採用していると、いざエンタープライズを開拓する時に経験豊富なミドルクラスの社員を採用しようとしても、カルチャーが合わずうまく採用できなかったり、うまく馴染めなかったりしてしまうこともあります。
ベンチャーや大手の開拓をやっていきながらどちらのほうに進むかを随時、軌道修正しながら組織を作ることと、初めから中小と大手を両方開拓していくことを見据えて逆算して組織を作るのでは、出来上がるものが大きく変わってきます。
考え方としては、例えば100億円の売上を作る際に「100万円×1万社」で作るのか、「2,000万円×500社」で作るのかを考えてみて、それを基に組織なども設計していくことが良いと思います。
-成長期の企業はリサイクルの考え方が大事
権田 成長期においては、「ファーストユーザーを広げていく」のと同時に「セカンドユーザーへのシフト」を進めていく必要があると感じています。導入期で得た最初のインサイトをセカンドユーザー、あるいはサードユーザーの開拓にどう生かしていくべきでしょうか?
福田 導入期から成長期の端境期には、ファーストユーザーの延長線上で開拓を進めていて、非常に順調だったのが、セカンドユーザーに手を広げた瞬間に一気にうまくいかなくなるという事象が起きるんですよね。
セカンドユーザーの獲得を目指すと、リードの熱感も低くなり、さらにその後の歩留まりも悪く、CACも高くなります。そのため、ここではリサイクルの考え方が必要になってきます。
権田 『THE MODEL』を読んで、私もリサイクルの大切さを感じました。ただ、『THE MODEL』を読んだ読者の中には、リサイクルの考え方を「中長期のフォロー」としか捉えられていない方も多いのではないかと思っています。
リサイクルとは、リストが枯渇したから過去のリストから拾ってきましょうという話ではなくて、「セカンドユーザーの開拓に向けたアジャストのモデル」つまり、セカンドユーザー開拓にあたり、レベニューモデルのアジャストをするためのものだと捉えているのですが、その辺りはいかがでしょうか?
福田 たしかに、新たな顧客リストが枯渇したから昔のリストから拾う――という手法は昔からあります。ここでいうリサイクルはそれだけではありません。
例えば3年前に失注したお客様から連絡があり、今回あっさりと受注したようなケースを深堀りすると「顧客がこういう情報を見てから、態度が変容している」というようなことが見えてきます。
ここからあのユーザーにはそろそろアプローチした方が良いなとか、こんな情報を提供しておくと良さそうだとかの肌感が持てるようになってきます。
そのようなセカンドユーザーに対し、タイミングをどう見定めてアプローチをしていくのか、また、どういう情報を提供すれば態度が変容するのかなどのセカンドユーザーの掘り起こしのコミュニケーション設計をするために、リサイクルの考えは必要となってきます。
ただ、確かにそういった意味合いで捉えられている読者さんは少ないかもしれないですね(笑)
権田 リサイクルに回るユーザーは緊急度が低かったと捉えられるケースが多いのですが、ここでいう話はそうではなく、導入の時間軸が合っていなかった(導入検討までに時間がかかっている)ということだと思うんですよね。
アーリーアダプター以降の層は行動をするのに、一定の時間を要します。そのため、時間軸の合わないユーザー(時間がかかるユーザー)を待つということも重要になってくると思っています。
そもそも、新しいテクノロジーやカテゴリー(当時のSFAやMAマーケティングオートメーションなど)であればあるほど、慣れるまでには時間がかかります。例えば、マーケティングオートメーションという言葉に慣れるのに3回はかかった――など。
なので、そういった新しい市場であればあるほど顧客が慣れるのを待つことがとても重要になってきます。そこで、「リサイクル」という考え方が意味を持ってくるのかなと思うんですよね。
ただこれが成熟期の企業だと、時間軸というより単なる中長期フォローといったようにまた意味が変わってくるのですが……。
福田 仰る通り、自社の製品のプロダクトライフサイクルによって話は変わってくるかと思います。
成熟期はすでにお客様も商品のことを認知しているからよいのですが、導入期や成長期は権田さんが話された通りにサービスを理解してもらうのに時間がかかることが多いですよね。そのため、その場ではダメでも理解してもらうことを待つ必要があります。
権田 セールスフォース・ドットコムやマルケトは、お客様にサービスを理解してもらうのを待って勝った――と言えると私は分析をしています。
他の企業はユーザーを待てず、セカンドユーザーに合わせに行く形を取った。つまりセカンドユーザーに寄り添う形で当初と違うニーズや違う訴求をしてサービスを変えていった結果、「Must Have」ではなく「Nice to Have」になってしまっていったのかなと思います。
そこに対し、セールスフォース・ドットコムやマルケトはユーザーを待って、Must Haveな価値を届けることができたので、勝つことになったのだと思います。
ただここで、CROはそのユーザーを待つのか、そのユーザーの現時点のニーズにサービスを寄せにいくのかの選択を迫られるわけですね。非常に難しい判断になると思います。
福田 非常に難しい判断ですが、ここを見極めるのは全体を見ているCROの役割だと考えています。
「先程のような理由(ユーザーを待つ必要がある)からこういうお客様に今は売るべきではない」という考えもある一方で、むしろそのような顧客に意識的に提案していかないと、いつまでも市場が広がらないのではというジレンマも生じます。
ここでどう舵を切るのか、どうバランスをとるのか、そしてその転換期はどこか。このあたりはまさに、CROがしっかりコントロールしなければならないポイントだと思っています。
権田 そうですね。成長期で分業体制が確立し、あとはオペレーションで回っていく――という単純な話ではないということですよね。舵を切るのか、バランスをとるのか、そしてその転換期はどこなのかの判断をCROは下す必要があるということだと思います。
ただこの成長期のCROの役割はブラックボックス化しているところがあるので、もっとオープンにしていけるといいなと感じました。
-THE MODEL 型組織を作る際に重要なカルチャーづくり
権田 導入期におけるCROの役割は、ファーストユーザーのインサイトを見つけて、売れるシナリオを作っていく…という形でイメージがつきやすいのですが、成長期や成熟期になるとやることがブラックボックス化されている現状があるように感じます。
勿論、分業体制を作っていくことは一つ役割になるのですが、分業制が回りだした後にCROはどんなことを考えていけばいいのでしょうか。福田さんは「リサイクル」という点に着目して意思決定をされていたと思うのですが、CROとして他にはどんな判断ポイントをお持ちでしたか?
福田 1つは営業キャパシティです。私は上司から営業のマネージャー(CROも同様)の一番の仕事は「採用」だと言われてきました。
ただこれは単に人員を増やせば良いという訳では有りません。ソリューション営業の場合、TOPパフォーマーは個人目標の150%売る一方で、ローパフォーマーは30%しか売れないということもあり、人によって売上のバラツキが大きく出てしまいます。この差分が出ることを意識した上で営業計画を練る必要があります。
また、THE MODEL にランプタイムという用語で説明していますが、新たな営業を採用しても独り立ちするには数ヶ月くらいはかかります。採用したからいきなり目標の100%を売れる訳ではなく、初月は0%、翌月以降25%、50%と期待値を見積もっておかなければなりません。10人営業がいるから、10人分の成果を期待できるほど単純ではないということです。
この意識を持つと一人営業が辞めることの痛手がどれだけ大きいかもよく分かるようになります。この採用育成観点を持つことがCROの1つ目の意識すべき重要なポイントであります。
もう一つ、テリトリーを決めて振るという考え方も重要です。スタートアップの会社では、商談化した順番に営業を見て案件を振っていく――というやり方も多いと思います。人数が少ない時はよいですが、このやり方ではできる営業、つまりTOPパフォーマーに商談機会が集中することになりやすいです。
しかし、優秀な営業であればあるほど、全ての商談に均等に力を注ぐのではなく、受注角度の高い商談に集中して決めきる意識を持っているので、残りの商談に対しては少しおざなりになってしまうという事態(案件の獲得機会のロス)が発生することがあります。
また、テリトリーが決まっていないとアサインされる商談を待つ受け身の姿勢になってしまい、自ら発掘することをやめてしまいます。明確にテリトリーを決めることで、与えられたテリトリーでどうビジネスを最大化するかを考える意識ができます。
私は「営業は与えられたテリトリーのCEOというつもりでビジネスを考えるように」と話してきました。
ビジネス規模が小さい時はテリトリー間でアサインされる商談のアンバランスが発生する事も多いですが、中長期的な組織の成長のためには、テリトリー設計を考慮することも非常に重要になってきます。
権田 なるほど。お話を伺っていると、福田さんは組織のカルチャー作りを重視されていて、CHRO的な要素も大いに感じます。
福田 そこは重要ですね。それぞれの部門が立ち上がってくると、どんなにいいスタッフが集まっていたとしても、業績が悪い時に「犯人探し」をしてしまうものです。そこで課題を解決できるかどうかは、組織が持つカルチャーが大きく影響してきます。
例えば、最近だと「ウェビナーではリードが増えているけど、商談件数が増えていない」ということがよくあると思います。その時にマーケティングは「リードが増えたのに商談が増えていないのはインサイドセールスのスキルやフォローが足りないからだ」インサイドセールスは、「商談化できないのは、リードの質が低いからだ」と相手に責任を求める傾向にあります。
そこで「リードの質」をチェックするためにリードの定義を見直そうとか、リードから商談化のコンバージョン率の基準を見直そうという話が出てきたりします。
それはそれで必要ですが、責任の所在を明らかにする発想ではなく、「どうやって案件を作るのか」「商談化の件数そのものをどうやって増やすのか」「どうすれば受注商談が増えるのか」といった組織全体の結果に思考が向かなければダメなのです。
対立するのではなく、組織全体の目標を全員で考えていけるカルチャーが重要です。
権田 なるほど、「THE MODEL 」はどちらかというとシステムというような認識をされがちだと思うのですが、実際のところは「分業化しがちなところを共同化していく」というソフトにおける配慮が大事だということがお話を伺っていると見えてきました。
分業制ばかり独り歩きしますが、実はもっと大事なのが、その分業が円滑に回るようにするための組織作りなのかなと。部品の取り換えのような採用活動を行うと、組織間の「いがみ合い」になることは容易に想像がつきますね。なので、成長期においてCROはシステム作りというより「カルチャーづくり」や「組織づくり」をすることが大事なのではないかと思います。
福田 そうですね。まさに私も、THE MODEL =分業制と認識されていた中で、そこだけではないよということを伝えたく本を書いたのですが、どうしてもプロセスとか分業とかにフォーカスされがちですね。
ガチガチにブロックを積み上げていくのではなく、粘土で修繕するように、細かく修正をしていくのがCROの仕事だと思います。
例えばインサイドセールスの評価基準を基元に見ていくと、評価を商談化件数だけにすると、会社がエンタープライズ(大手企業)とSMB(中堅中小企業)の両方を対象にしている場合、SMBのほうがリードをとりやすいため、インサイドセールス はSMBで数を稼ごうとします。
しかし、組織として時間をかけてでもエンタープライズ市場を攻略したいなら、そこを評価する仕組みを固めてしっかり伝えることが必要です。
一方で、商談金額での評価のみだと営業への依存度合いが高く、インサイドセールスはどうにもできないとモチベーションが下がったりします。
パーフェクトな回答はないと思っているのですが、コミュケーションを取りながら、社員にどういう方向に向いてもらうかを考えるのがポイントですね。これがまさにチューニングという観点です。
権田 全体のバランスを見ながら、という点ではやはりCROは「指揮者」に近いですね。CROは、「今はエンタープライズ向けセールスが自社にとって必要だから、そこを評価する仕組みにチューニングする」など、全社の状況を常に見た上で意思決定をしていくことが求められると思います。
一見簡単なことのように見えますが、全社的な成果がしっかり見えていないとできない難しい仕事だなとあらためて実感しました。
-成熟期に求められる組織とは
権田 成熟期においてのマーケセールスや営業組織の構築のポイントはありますでしょうか?
福田 成熟期では、「人が入れ替わっても機能する仕組み」が大事だと考えています。成熟期を迎える前に将来のリーダーづくりをできるかが成熟期の成功を左右する大きなポイントだと思っています。
成長期まではトップ(CRO)が組織の隅までちゃんと見てマネジメントが出来たりするのですが、成熟期になるともうすべてを見ることが難しくなってきます。
そのため、成熟期の会社においては現場のメンバーを直接マネジメントするマネージャー(ファーストラインマネージャー)が重要な役割を担うようになります。
ただ、このポジションを担う人が急に現れるということはありませんので、成長期の段階でその採用や育成ができていたかがポイントになってくるのです。
権田 成熟期になると、より組織も各社によって異なる状況になっていると思いますが、その上で共通して押さえておくべきことは何かありますでしょうか?
福田 共通して言えるのは、自社の環境を踏まえた上で、それぞれの独自モデルを作っていくべきことかと思います。システムを強化すべきなのか、組織体制を作るべきなのか。
システム作りについては、企業によってバラバラで、例えばトッププレイヤーがいるなら、仕組みを作ってあとはそれを回せるようにマネージャーを育てる必要があります。
一方、それが難しい企業などでは、仕組みというよりセールスのコンペで勝つための「考える営業スタッフ」の育成が求められます。それぞれが自社の状況に応じて独自のモデルを作ることが必要となってくると言えると思います。
権田 導入期、成長期、成熟期とそれぞれのフェーズにおける営業組織について伺いましたが、ここまでのお話で一番印象的だったのは、ハードを実現するためのソフトに非常に配慮しているという部分でした。
システムをシンプルにすることで、空いた時間や脳のシェアを組織やカルチャー作りなど、意識が向きにくい部分に割けるようにするという点に「THE MODEL 」の本当の良さがあるのかもしれないですね。
福田 ありがとうございます。
-日本のSaaS企業の現在地
権田 今まで各成長フェーズごとの営業組織のあり方についてお話頂きましたが、総論として、日米のSaaSビジネスを見てきた福田さんにとって、日本のSaaSビジネスの現在地がどのように映っているのかをお伺いしたく思います。伸びしろや今後の展望なども含めてお伺いできればと思います。
福田 色々な方のお話を聞いていると、SaaSスタートアップの多くでは、THE MODEL を自社にカスタマイズして活用する(営業プロセスを分解して管理、活用する)ところまではできていると思います。
現状としては、私がTHE MODEL に記したエピソードのように、新たな課題が次々と勃発してきては、その課題に各社各様で向き合っているところだと認識しています。
日本のSaaSビジネスを今後もっと伸ばしていくための取り組みとしては、顧客が今抱えている課題を捉えることがとても大切だと思っています。だからこそ、インサイドセールスは顧客の声をしっかり捉えるためにとても重要な役割を担っていると感じますね。
権田 日本はもともと営業スタッフが強く、売り切りでビジネスをしてきましたが、今は徐々にSaaSの形態が増えてきていますよね。契約行為をクロージングではなくオープニングというように、売った後の顧客課題の解決にコミットしたカスタマーサクセスも注目され始めました。
ただ、まだ多くの企業は「売ってなんぼ」の世界にいて、売り切るための仕組みとしてインサイドセールスを位置付けている企業も多いと思います。売り切りではなく、真の意味のカスタマーサクセスを本気で追えるようになれば日本全体としてもう一歩先に進めるような気がしています。
お客様と一緒に発展していくモデルとして、どう売るのかではなく、どうクライアントを儲けさせるのか。お客様の成功に対して企業全体で向き合えるかが今後のポイントになってくると思います。
福田 私も同じ考えです。アメリカでもカスタマーサクセスはかなり注目されていますし、考え方として既に根付いています。日本企業もそこに向かっていくべきだと思います。
ただ、口でいくらカスタマーサクセスに注力しますと言ってもうまくは行きません。営業スタッフが自身の評価を継続率などではなく、新規の売上高で評価されているのであれば、新規に注力をするのは当然だからです。まずはカスタマーサクセスに注力させる仕組みを作るところから始めるべきだと思います。
「売ること」から「顧客の成功」へ視点を切り替えさせるためには、評価を変えるのか、ビジネスモデルを変えるのか、などシステム全体を変えるような工夫をしていかないといけません。
権田 カスタマーサクセスの評価でも現状はアップセル・クロスセルが出来たかどうかという自社の売上で評価がついていますもんね。
福田 はい、初期のSaaSでは利用量に限らず定額でお金をもらうサービスが多かったですが、今はAWS(Amazon Web Services)などのように従量課金制で利用料に応じて課金されるモデルも増えてきました。
この場合ユーザーが成功してよりサービスを使ってくれることが自社の売上向上にも繋がるので真の意味のカスタマーサクセスは追求しやすいですよね。他にもECでレベニューシェアを取るモデルでも顧客の売上が増えることが自社の売上向上にも繋がるので良い仕組みだと思います。
このように取り組むべきポイントや仕組みは各社によってさまざまですが、沢山の議論が交わされ、より多くの企業がカスタマーサクセスを本気で追えるような世界になればいいなと思います。
-日本でCROを増やすためには
権田 最後に、CROHackというメディアですので、CROについて伺えればと思います。『THE MODEL 』の中にもCROという言葉が出てきますが、日本ではCROの概念もまだ定着していませんし、そもそもCRO自体が少ない状況になっています。
私は、これがベンチャーのグロース機会を狭めてしまっている気がしています。
CROがもっと増えたらさらに伸びるベンチャー企業がいっぱいあると思っているのですが、どうしたら日本でCROは増えていくと思われますか?最後にお伺いさせて下さい。
福田 CROのポジションで活躍していくには、成功体験を積み重ねることが必要です。自分も各社(オラクル、セールスフォース・ドットコム、マルケトなど)でやってきた経験をつなぎ合わせて今があります。
なので、今私が代表を務めるジャパン・クラウドは、そういった成功体験を積める組織にしていきたいと思っています。
成功体験を積んだ人が、次でその経験を生かすというサイクルが回る、そういうシーンが増えてくると良いですね。ただし成熟期だけを経験していても、活躍はできないかなと思います。成長期からその経過を見ている経験も必要ですね。
P&Gやオラクルの卒業生たちが次の組織で活躍しているように、JAPAN CLOUDでもそういう成功体験を詰めるようなチームを作っていきたいと考えています。
日本だと、メルカリや楽天などで成功体験を積み、外でさらに活躍するといった事例が生まれていますよね。「成功体験が次の成功体験を作る」ことを踏まえて、人材のプラットフォームを作ることが私自身の役割だと考えています。
↑福田さんが代表を務めるJAPAN CLOUD株式会社
権田 試行錯誤しながらそのプロセスの経験を積んだ20~30代の人が未来のCRO候補になっていくということですね。
そういう人たちがどんどん増えていくことでベンチャー企業群や日本経済全体が活性化されていくということを再認識しました。本日はありがとうございました。
-まとめ
【「導入期~成熟期」各フェーズに求められる営業組織】
▼導入期
・まずは顧客のインサイトを得ることと、初期の顧客の成功をいかに作るのかが重要
・初期はインサイトを得るため分業にせず、すべて同じ人が担うくらいでも構わない
・初期の顧客が失敗すると一気に悪評がついてしまうため、まずはカスタマーサクセスを準備して顧客の成功にコミットする
▼成長期
・セカンドユーザーを狙うために「リサイクル」の考え方が重要になる
・セールスのキャパシティを増やさないと売上は伸びない
・CROが自社の全体感を踏まえて、組織をチューニングしていくことが大事
▼成熟期
・成長期のうちに現場を見られるリーダー・マネージャーを育成しておくことが必要
・自社の環境を踏まえた上で、それぞれの独自モデルを作っていくべき
【The Model におけるCROの役割】
分業が円滑に回るようにするための指揮者的存在
福田さんには本当に沢山のお話をお伺いすることが出来ました。
THE MODEL と聞くと「分業制」というイメージがつきがちですが、福田さんが伝えたかったのはそこではなく、「分業化しがちなところを共同化していく」というソフトにおける配慮が大事だということだったんですね。
これは多くの方にとって新たな気づきになったのではないでしょうか。少しでも皆さまの学びに貢献できていれば幸いです。