新規事業開発の負け方には法則がある
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」
心形刀流・松浦静山の『常静子剣談』にあるこの一文は、プロ野球監督時代の野村克也氏の語録としても有名です。
こんにちは、CRO Hackの松尾です。わたしはこのCRO Hackの編集長として、また普段はリブ・コンサルティングで事業開発専門のコンサルティングチームを率いる立場として、年間約30プロジェクトの新規事業開発に携わってきました。
いまや新規事業は、大企業はもちろん、業界の中堅・中小企業、成長過程のスタートアップでも経営イシューの一番手にあがるほどです。
はじめに
CRO Hackでもこれまで事業開発に関する記事発信やワークショップイベントを開催してきましたが、月に30~40件もの相談や資料請求をいただく現状を踏まえて、わたしたちだからこそ得られた知見や考え方をCRO Hackの場で発信していく新たな試みをしようと決めました。
特設マガジンコンテンツとして、CROにとっても重要な新規事業に特化した情報発信を新たに定期的に行ってまいります。
このコンテンツは、事業開発という領域が企業において特定の専門部署だけのものではなく、これまで横断型プロジェクトという名目で事業開発経験のない人材が集められたり、事業部内でいきなり重要ミッションとしてタスクフォースが発生したり…といったことがどの企業でも起きている中で、そこに携わる様々な立場、年次の方々全ての人が対象です。
強いて言えば、起業家を目指す方、スタートアップの経営者にとっては自分ゴトにしにくいところがあると思います。企業に所属して、自社主導で新規事業を開発しようという人にはぜひ今後のシリーズ含めてご期待ください。
他社の事例から学ぶべきは「失敗した要因」
さて、導入が長くなってしまいましたが、あらためて冒頭の「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」に戻りましょう。
わたし自身、この言葉はとても示唆に富んでいて好きなのですが、まさに新規事業開発にも同じことが当てはまると思います。新規事業の成功例は、書籍などでも多くのことが語られていますが、そのまま自社で再現すればいいというものではないのはご承知の通りです。
その時代における背景、外部環境、内部環境の要因など、様々なことが絡んで、ごく一部の事業が大成功と呼べる成果を出している。それは、自分の視座を高めて、新規事業に向き合うモチベーションにはなりますが、成功事例を知ったからといって、成功方法が分かったわけではありません。
だから、多くの企業、組織が少しでも確率を高めるために、それら成功モデルから自社で再現できそうなフローだけでも真似よう、やり方を模倣してみようといった取り組みを考えてしまいます。それが、全ての間違いの始まりです。
他社の事例、世の中にある新規事業から学び、ベンチマークすべきは勝ち方ではなく負け方です。そこを知らないママに、結果的に他社と同じ「失敗」を繰り返す企業があまりにも多いと、実際にコンサルタントとして多くの企業に携わってきて痛感しました。
事実、新規事業の開発に取り組む企業は増えていますが、相対的に企業が成功する割合は下がる一方です。(図1)
このデータでも、成功したという基準は企業それぞれでしょうから、社会にインパクトを与え、自社事業の成長戦略を実現するだけの新規事業の成功数はもっと少なくなります。
であれば、まず大事なのは何をしたら「新規事業は失敗するのか」を知り、あらかじめ対策もしくはその失敗ケースにハマりそうな状況において思い切った判断をする術を身につけなければいけません。
わたしは、数多くの新規事業を実際に手掛ける中で、また多くの企業から相談を受ける中で、組織で取り組む事業開発において3つの典型的な失敗パターン=罠があることに気づきました(図2)。
決して、一つひとつは目新しいものではないかもしれません。ただ、薄々そうだと感じながらもそのまま何も対策を打っていないのが実態ではないでしょうか。これらの課題を「しょうがないよね」という態度で放置していては絶対に新規事業は成功しない。
「成功に不思議の成功あり、失敗に不思議の失敗なし。」
失敗の芽をつみ、成功に向けて持てる全てのリソースを投下してください。その先に、あなただけの新規事業開発の成功体験が待っています。
第1の罠 | 金のガチョウ探しの罠<戦略>
3つの罠は、それぞれ戦略課題、組織課題、実行課題という3つのカテゴリーで分類されます。まず1つ目は戦略策定における罠です。
新規事業開発のプロジェクトが発足すると、当然ですが最初に着手するのは「当社はどの事業領域/事業内容で新規事業を検討するか」という問いです。そして、この時多くの人が「より簡単に、短期で、儲かるビジネス」を無意識に求めます。まさにビジネスにおける金のガチョウを探すわけです。
マーケティング用語では、こういった場合の事業開発のアプローチはオポチュニティ型(O型)と呼ばれ、いま伸びている市場機会や分野をターゲットにして考えていきます(図3)。たとえば、プロダクト売りだった企業がSaaSモデルを考えようとか、SDGsで何か事業ができないかとか、AI/DXといったビッグワードを着想の起点にするとかですね。
これらは、チャンスを見つけること自体は比較的容易かつ短期にできるのでテーマとして取り掛かりやすいのですが、当然そういう領域ほど検討する企業の数そのものが多い「レッドオーシャン」な市場です。自分たちと同じことを考えている企業はすでにたくさんいるはずで、自分たちだけが気付いて検討しているなどとは思わないことです。
結果、差別化要素をどう作るかで迷子になり、具体的なビジネスモデルを描き始めるとイマイチ「普通」な内容に。自社で事業化する意味は?という経営層からの指摘でスタートに戻る、というのがありがちな結末です。
これが金のガチョウ探しの罠。事業開発を託されたチームは、まずこの金のガチョウ探しから脱却しなければいけないのです。
そのための解決策はいくつかありますが、一つどの企業でも取り組めるものとして、バリューカプセル(V型)のアプローチを紹介します。
このバリューカプセルというのはリブ・コンサルティングの造語ですが、新たな事業領域に展開する際に活用可能な最小単位の自社リソースを指します。具体的には、コア・コンピタンスとコア・アセットを徹底して洗い出し・評価するアプローチです(図4)。
バリューカプセルの詳細はこちらの記事で紹介していますのでぜひあわせてご覧ください。
ここではコア・コンピタンスを誤解される方が多いので触れておきます。コア・コンピタンスは競争戦略では「自社の核となる強み」といった扱いをされますが、実際は強みであるかどうかは関係ありません。
むしろ、新規事業とは新たな事業領域への挑戦である以上、過去・現在保有する「強み」が新たな市場でも強みになるかは不明ですし、「ならない」ケースの方が多いと覚悟しておいた方がいいです。だからこそ、大事なのは今時点で優位性があるかどうか、ではなく、他でも使える能力・アセットは何かという観点でしっかりと自社のケイパビリティを棚卸し、評価してください。
第2の罠 | “風のヒト”vs“土のヒト”の罠<組織>
第2の罠は、特に大企業や過去の成功体験が大きい企業で見られる組織課題です。組織には様々なタイプの人材がいますが、新規事業開発に関わる人物マップを作っていくと、2種類に大別されます。それが、「風のヒト」と「土のヒト」です。
風のヒトとは、外部人材や転職入社組でまだ会社に染まっていない人。事業開発などではキーマンとして抜擢されたり、そのために採用されたりしている人です。決して組織のマジョリティではないのですが、新規事業開発という取組みテーマだと無くてはならない人材でもあります。対して、土のヒトは社内のマジョリティとなる保守層、あえて悪く言えば自社にどっぷり浸かっている会社人間です。
そして、大企業や既存事業がとても強い会社において、組織課題を抱えるケースではほぼ例外なくこの風のヒトと土のヒトの対立構造が生まれています。表立って対立はしていなくても、どうしても相手が言っていることやアイデアに対して否定的な部分が見えてしまい、前に進まずに停滞してしまう状態も多いですね。
風のヒトからすれば、既存のやり方を変えて挑戦することにこそ意味がある。土のヒトからすれば、風のヒトが言っていることは荒唐無稽で実現性の乏しい主張に聞こえる。そんな構図です。
この罠にハマっている企業は、もしくは自社もいざ取り組んだらきっとそうなるだろうなと予測がつく企業は、ここに第3のヒトの存在を作らなければいけません。それが、「水のヒト」です。
水のヒトとは、社内の変革人材であり、普段は異端児とも見られやすい存在です。社歴は長いのに、よく周りから良いも悪いも「あの人は独特、独自路線だよね」と評価されるタイプですね。本人はいたって普通に「わたしは、当社の標準的なタイプですって」と笑っているような人、おそらく心当たりあるのではないでしょうか。(図5)
組織課題の罠を解決するためには、風のヒトと土のヒトの対立を解消し、協力して共通するゴールを目指す組織へ改革しなければいけません。この時に、水のヒトを事業開発のプロジェクトの中心メンバーに据えることがとても重要になります。
水のヒトの役割は、第1段階で「水のヒトが風のヒトと一緒に新たな事業を立ち上げ、クイックWinを狙いに行く」ことが求められます。水のヒトは、風のヒトが言うことを理解し、受け入れられるので、それを自社全体が納得するために必要な組織的な成果が見えています。これを早期に達成する動きをして、風のヒトをサポートします。
そして第2段階で、「クイックWinの成果を踏まえ、土のヒトと風のヒトを混ぜ合わせて事業拡大する」アクションをとっていきます。土のヒト=多くの保守的なマジョリティも、決して新規事業を否定したいわけではなくて、信じられる何かが欲しいのです。だから、そこを納得できれば、むしろ事業を拡大するための方法論、自社のリソース活用という点では大きな貢献をしてくれます。
水のヒトが主導して全体を巻き込んでいくことで、事業開発は加速度的に動き始めるのです。不思議と、風のヒトはずっとリーダーを張ろうとはしないものです。彼らは自分の構想やアイデアが一度レールに乗っていけば、良い意味ですでに違うことを考えていたりしますから。(図6)
第3の罠 | タイムリミットの罠<実行>
第3の罠まできました。最後は実行課題です。多くの企業が現実的につまずいている、もしくはハマっているのに気づいていない罠です。名前はシンプルに「タイムリミットの罠」。
このワードだけである程度想像がつくと思いますが、組織で取り組む新規事業開発にはタイムアップがあります。
これは、事業の出口戦略とか、収益化までの期間とか、そういう話ではありません。事業開発への取組みそのもの、企業が「よし、うちも新規事業をやろう」と意思決定して、そのためのチームをつくり、検討を行なっていく、そこで何かが決まって事業のタネが生み出されて最初の形になる、そこまでの期間です。
ざっと、わたしが見てきた組織の平均をとればそのタイムリミットは2年。今後はもっと短くなるかもしれません。取組みが始まって、全社的にも周知され、もしくは中計などで重点テーマとして掲げて、みんなが最初は期待をもって見守る中で新たなチーム/プロジェクトが動き出す。それが、成果が出てこないことでみんなが「飽きる」「重要視しなくなる」「負債に見えてくる」までのリミットが2年です。
それ以上は、組織としてのモチベーションがもたないのです。2年間、具体的なアウトプットが出てこない事業開発組織で起こる現象を4つ例示しました。すでに、この兆候がある企業や組織は危機感をもってください。タイムアップはおそらくすぐ目の前に迫っています。(図7)
タイムリミットの罠は、記事の冒頭でも述べましたが、最初から、成功のための事業開発のフローをしっかりと決めて、「ルールに沿って着実にステップを進めていく」ことをまじめに取り組んでいる企業ほど陥っています。
まだ、小さな成功体験すら無いのに、型だけ先行してつくってしまって、それに従うことが目的化してしまうパターンです。本来は、まず自社らしいスモールウィンを達成し、それを再現性のある形で事業開発のフローにしなければ意味がありません。(図8)
このタイムリミットの罠への解決手段は、アジャイル開発等スタートアップをはじめとした事業開発モデルもたくさん出ています。そういった、スピードを常に問われる企業の事例を参考にするというのも有効です。
ただ、どのような手段であっても、スピードを高めるための基本的な原則は、事業開発におけるインサイドとアウトサイドを両輪で回すことにつきます。内部検討と外部検討を順番にやるから時間がかかるのであれば、いかに両方を行ったり来たりするサイクルを早めるか、もっといえば、どう最初から外部を巻き込んだ開発を行なえるか。
「まだ状況も明確じゃないし、まず最初は社内で検討するところからやろう」という言葉が出たら黄色信号です。組織の内部と外部をどう連携させるかは、最初に決める。そして2年というタイムリミットを意識する。そうやって第3の罠に陥らないようにしていってください。(図9)
ここまで、組織が主導する事業開発における失敗のパターン。その類型を3つのカテゴリーで見てきました(図10)。決して、特別なことは言っておらず、むしろ1つくらいは現時点で自分の組織の活動にも当てはまるな、という罠があったのではないでしょうか?
さいごに
それぞれの罠は、短期的に重大な問題にはなっていなくても、ジワジワと組織を窒息させ、失敗の連鎖が起こるようなインパクトを持っています。また、解決策に関しても、特効薬のようなものはありません。だからこそ、事業開発に関わる全員が意識をもって、これらの罠にハマらないように行動していくこと、確認しあっていくことこそが大事です。
もちろん、われわれのような事業開発のプロがコンサルタントとして新規事業の支援を行うこともそういった解決策の一つです。ただし、解決すべき課題を認識していない状態でコンサルを導入しても、待っているのは新たな失敗、時間とコストの浪費でしょう。タイムリミットは迫る一方です。
失敗のパターンを知り、その対策をとることはスタートラインにすぎません。新規事業の成功のためにはそこから多くの道のりがありますが、それはとてもポジティブなチャレンジです。ぜひ、より多くの企業が同じ過ちを踏むことなく、新たな事業の創出にまい進する社会になることを願い、そのための情報発信、サポートを続けていければと思います。
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