ビジネス創造と知財戦略~新規事業における知財の戦略的活用法~ #事業開発SUMMIT2023
こんにちは、CROHackです!
今回は、2023年8月に開催された「事業開発SUMMIT2023」のセッション「ビジネス創造と知財戦略~新規事業における知財の戦略的活用法~」のレポートをお届けします!
新規事業立ち上げにおいて、「知財戦略」という言葉を耳にしたことはあるものの、明確な戦略をイメージできない方も多いのではないでしょうか?
しかし、大手企業やスタートアップの事業開発にとって、知財戦略は事業成功の根幹を担うといっても過言ではない重要な要素なのです。
本セッションでは、知財戦略について見識の深い2名のゲストに登壇いただき、知財戦略の必要性や事業開発における知財の考え方を、実例を交えて解説いただきました。
「ドローン技術」「真空技術」で社会課題解決に挑む
セッションの冒頭では、田路氏と成井氏にそれぞれ取り組む事業について紹介いただきました。田路氏が代表取締役CEOを務めるエアロネクストは、ドローンの研究開発型テクノロジースタートアップです。具体的には、産業ドローンの機体構造設計技術の開発や地域物流の効率化に取り組んでいます。
エアロネクストの経営において、田路氏は「IP経営(「知的財産」を生かしてライセンス料などの利益を得るビジネス)」を重要視しています。産業の黎明期にIP経営を遂行することにより、「面を取っていく戦略」を成功させる。
それにより、マーケットの形成・拡大において安定的なキャッシュフローを生み出し、高資本効率の経営が実現できるというのが、田路氏が見据えるIP経営の最終的な姿です。
そこで、エアロネクストは「新しい空域の経済化」を掲げて事業を展開しています。具体的には、地上から150mの低空域を移動空間として、新たな社会インフラを創造するためにドローンを活用しています。
現在、ドローンといえばDJIのように「空撮」に関する技術が飛躍的な進歩を遂げています。その一方で、「モノを運ぶ」という観点でのドローンはまだまだ開発途上の領域だと田路氏は考えています。
空撮用のドローンと物を運ぶドローンとでは、機体構造が根本的に異なる。その考えのもと、エアロネクストは物流に適したドローンの機体構造に必要な技術の発掘という観点から、事業をスタートさせたのです。
同社は日本発の物流専用ドローンを開発しましたが、同時に田路氏は「新たなテクノロジーが求められる市場を生み出す」ことにも注力しています。そこで、田路氏は「地域の配送効率の悪さ」や「物流2024年問題」に注目。新しい物流を支える次世代インフラ事業、新スマート物流「SkyHub®(スカイハブ)」を立ち上げました。
このように、「知財を作る会社」と「市場を作る会社」の両面を持っていることが、エアロネクストの独自性だと田路氏は語ります。
成井氏が代表を務めるインターホールディングスは、真空の特許技術を起点として地球課題を解決する事業を展開しています。成井氏はフードロス問題と地球温暖化という社会課題を解決する手段として、真空特許技術に注目。現在の技術としては最高峰の「真空率99.5%」を実現できる技術を買い取りました。
この技術は、NASAのアポロ計画に参画されていた萩原 忠氏(ハジー技研株式会社代表取締役)によって開発されました。ロケットに用いられる油の酸化を防ぐためのアイディアですが、現在はキッコーマンの「しぼりたて生しょうゆ」などに用いられています。
この技術の優れている点は、食品の酸化を長期間防ぐだけでなく、鮮度の高い状態も維持できるということにあります。構造もシンプルなため、繰り返し使用可能という点でも、温室効果ガス削減に大きく貢献できます。
現在、インターホールディングスはライセンスビジネスと製品ビジネスの二つを展開しています。現在は、真空技術を用いた容器や量り売り機をサプライチェーン全体に組み込むことで、フードロスとGHG(温室効果ガス)の削減を実現する事業を展開しています。
例えば、一次産業やメーカー、物流会社向けの大容量真空パックを開発し、食品鮮度を維持しながらの長距離輸送に挑戦しています。また、小売店向けの真空量り売り機を販売して、個別包装の削減を目指しています。他にも、家庭用真空パックの販売で、食品の長期保存によるフードロスを防ぐといった事業も展開中です。
さらに現在は、発泡スチロールの代わりとなる「捨てない真空緩衝材」の開発・販売なども進めています。大手商社と協力して、これまでの物流体制では困難だった牛乳・フルーツなどの国内外への長距離輸送にも挑戦するなど、さまざまな事業に挑戦しています。
技術革新✕マーケット創出が知財ビジネスのカギを握る
今回のセッションでは、大きく二つのディスカッションテーマを用意しました。
一つ目の「新規事業において、知財戦略はどう考えればよいか?」について、田路氏は「産業の未来を特許から予測する」という活動を長年続けていると話します。知的財産権の一つである特許を見ることで、産業が今後どの方向に成長していくかを予測できるというのです。
田路氏がドローンという産業に目を向けたのも、ドローンに関する知財の数がまだまだ少なく、可能性に満ちていると考えたのがきっかけでした。そこから、田路氏はドローン産業について勉強し、今後「空の移動」という分野においてこの産業が目まぐるしく成長すると判断したといいます。
これから始める新規事業の事業内容を言語化した上で、そこに必要不可欠となる技術を明確化する。この工程を踏む上で、知財戦略が非常に重要だと田路氏は説明しました。
成井氏は、ビジョンから逆算して必要な技術を模索していったと話します。インターホールディングスは、食糧問題という社会課題を解決したいというビジョンがありました。そこで、食品が劣化する要因の一つである「酸化」を抑制する技術として、真空技術に注目しました。
田路氏と成井氏は、「特許=技術開発動向から事業のあり方を模索する」「事業ビジョンから必要な技術を探究する」と、真逆の行動を取っているように感じられます。しかし、両者は「事業のコアとなる技術を明確にして、その技術を価値として提供できる市場を創出し続けている」という点で共通しています。
とはいえ、どのような画期的な技術であれ、いずれ模倣や類似プロダクトの登場などにより、マーケットにおける優位性が薄れてしまいます。ここでポイントとなるのは、事業者がどれだけマーケットデザインできているかだと田路氏は話します。
特許権を保持してプロダクトを作るのと同時並行で、できるだけ事業展開の初期段階で自社に最適化されたマーケットを作り出す。この両方をコントロールできるかが、知財ビジネスでもっとも重要なポイントだと田路氏は強調します。
例えば、インターホールディングスの真空技術の特許権は、取得した時点で存続期間の満了が迫っていました。そのため同社は、「技術に新規性を持たせて特許権を延命する」ことで知財を守るという活動にも力を入れています。
具体的には、真空技術に用いられる「逆止弁」の構造を変更するなど、顧客が求める形に技術の調整・開発を繰り返しています。このように、知財を起点にして「どうすればこの技術が採用されるのか」をデザインしながら、技術革新とマーケット創出に挑戦し続けているのです。
知財力を高めて大企業を惹きつけるマグネットとなる
もう一つのテーマである「事業開発における知財のオープン/クローズについての考え方」についても、両者の見解を伺いました。
知財のオープン/クローズという考え方については、成井氏は基本的にオープンの姿勢だといいます。真空技術を世界中に広めるために必要な姿勢であるのと同時に、特許権を持っているというのが守り=クローズの役割を担っているからです。
田路氏はこのテーマについて、「知財の価値変換」という考えを紹介されました。エアロネクストの場合、「知財を技術に変えて、技術を製品に変えて、製品をサービスに変えて、サービスをプラットフォームに変える」という流れで知財の価値変換を行っています。まるで「わらしべ長者」のように、知財からさまざまな価値を生み出しているのです。
この過程において、前述した「マーケットデザイン」という部分が、知財のオープン化にあたると田路氏は解説します。一方で、知財の根幹を自社が保有し続ける=クローズドの状態を維持することで、利益を得られるようにしています。
ここで重要となるのは、=ヒト・モノ・カネのリソースが潤沢にある大企業の参入があって、はじめてマーケットの拡大につながるという点です。スタートアップは大企業をマーケットへといざなう「マグネット」の役割を担っているのであり、マグネットたりうる部分こそが「知財力」なのです。
成井氏もまた、マグネットとしてのスタートアップの存在に同意します。近年、大企業の間で「アクセラレーションプログラム(短期間で事業を成長させるためのプログラム)」が浸透してきました。実際に、とある大手物流会社では、インターホールディングスの真空管商材を用いて温室効果ガスを排出しない配送体制の確立に取り組んでいます。
スタートアップではなく、大企業が知財ビジネスに取り組むときにはどのような要素が必要なのでしょうか?
田路氏は、大企業の新規事業開発は「知財ありき」で進みがちですが、それではマーケットを創造するためのエネルギーが生まれにくいと指摘します。大企業においても、マーケットをイメージして生み出す力が必要であり、それを支える人材が欠かせません。
成井氏は現在、ある大手物流会社とプロジェクトを進行しています。プロジェクト担当者は、鮮度の高いフルーツを長距離輸送できるようにしたいと考えていました。その想いが、インターホールディングスのビジョンと合致したのです。
このパッションこそが、知財ビジネスを前進させるのに必要だと成井氏は話します。そのうえで、成井氏は大企業で新規事業に取り組む人に対して、まず“旗”を立ててほしいと伝えます。その旗に多くのスタートアップが集まり、関係者全員でプロダクトやマーケットを作り上げていくのが、事業開発の最速のあり方ではないかと話しました。
まとめ
セミナーのポイントをまとめました。
お二方の話を聞いていると、知財戦略とはいいつつも知財“のみ”に意識を向けているわけではないことが分かりました。
マーケット創出や事業のビジョンなどを踏まえつつ、知財をどのように活用したり拡大したりしていくことが、新規事業には求められるのかもしれません。
新規事業開発に取り組む皆さんは、ぜひ今回の知見を参考にしてみてください!