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『モンスター組織』書籍全文公開-CASE06,CASE07-

【モンスター組織CASE06 肥太化する事業部制組織】

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▼登場人物
①加工食品事業部、商品企画部、部長:前田隆(50歳)
・新卒で新井食品に入社して、創業社長について同社の発展とともに歩んできた、たたき上げ組
・業務用加工食品事業で地方の営業まわりから始めて地道に取引エリアの拡大に取り組んできた
・事業の縮小やリストラも乗り越え、多少の景気変動では揺るがない、強い利益体質の事業を創業社長とともにつくり上げてきた自負がある
・営業部門からの異動で商品企画部の部長に就任
・商品企画においては何より利益率の維持と事業の安定性を一番に考えている

②総菜事業部、ブランド開発部、部長:相沢春香(42歳)

・3年前に食品会社の商品企画部門から新井食品に転職し、一般消費者向け総菜事業部の「ブランド開発部長」として就任
・前職でヒット商品を連発し、若くして企画責任者に抜擢された経歴を持つ。女性管理職育成の成功事例として新聞やビジネス誌のインタビューにも何度か取り上げられている
・管理職としての仕事に物足りなさを感じていたところに大学の先輩であった新井食品の二代目社長から声をかけられ、転職を決意
・新井食品の華やかなブランドイメージとは裏腹に旧態依然とした社風も残っていることに最初は戸惑ったが、昨年手がけたブランドの立ち上げが順調にいき、自信がついたので自分のやり方で仕事をしている
・行動力があり、即決即断を好むタイプ。商品企画のヒントを得るために休日に自費で視察旅行に出かけることも多い。社外のネットワークも豊富

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―イントロダクション

新井食品は加工食品や総菜の企画・製造・販売を行う会社である。

昨年、創業50年を迎えた。社員数はバート・アルバイを除くと300名。パート・アルバイトを含めると1,000名を超える。

高度成長期に食堂やレストラン向けの業務用加工食品の製造・販売を開始、順調に業容を拡大して上場も実現した。創業社長の今西太一が堅実な経営を行ったおかげで、同業他社に比ぺると利益率は高い。

二代目社長・今西創太による事業多角化で経営状況が悪化した際は、工場閉鎖やリストラも実施せざるを得なかったが、加工食品事業は長年新井食品の屋台骨であり続けた。

一時は経営危機に陥りながらも、二代目社長が手がけた一般消費者向けのオリジナルブランドの総菜販売業が、駅ナカブームや中食市場の拡大によって急成長。

今では複数ブランドを展開し、売上面でも従業員数でも新井食品の主力事業となっている。

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―変革前の新井食品

◆屋台骨事業部のプライド
「また新人が一人辞めたいと言ってきたんです」

営業第一部の清水課長の言葉に、またか、と前田はため息をついた。
これでもう今年は三人目だ。加工食品事業部では、最近新卒の離職が相次いでいる。

清水課長は、前田の営業部時代の部下だ。今でもよく飲みに行き、何かと相談を受ける仲である。

新井食品は安定した給与体系に加え福利厚生も手厚い。就職活動における人気企業とは言わないが、社員の離職は決して多くはなかった。

様相が変わったのは、総菜事業が会社の看板事業になってからだ。学生にとって新井食品は駅で見かけるオシャレな総菜を売っている会社だ。
新卒入社の社員は総菜商品の企画や店舗のプロデュースなど華やかな仕事をイメージして入社してくる。

当然会社説明会でも面接でも両事業について説明しており、配属は入社後に決まること、企画部門には新人は配属されずに、まず現場経験を積むことも伝えている。

しかし「都市部でオシャレな総菜を売る会社」のイメージと、地方をまわって自社の名前が出ない加工食品を売りに歩く仕事の落差は激しい。

特に馴染みのない地方に配属された都会育ちの新入社員が、営業所の閉塞感や生活のギャップに耐えられずに離職を申し出る……というパターンがこのところ相次いでいた。

新入社員の間では、加工食品に配属されるのは「負け組」だ、とささやかれているらしい。結果として、事業部内では「面白くない」という空気が蔓延し始めている。

総菜事業が立ち上がって上手く行き始めたときはむしろ歓迎ムードだった。若手社員を中心に「新事業部でチャレンジしたい」という申し出もあり、
彼らのキャリアを考えるとそのほうが望ましいだろうと、将来有望な社員を何名か快く送り出した。

しかしここ数年は、総菜事業部の不足人財は専ら外部からのキャリア採用人財で補っている。そのほうが事業の成長スピードに合致する良い人財が採れるのだ、という話も漏れ聞いた。ルーティン営業に慣れてしまった、加工食品事業部社員では機動力に欠けるというのだ。

「まったく馬鹿にした話ですよねえ。新事業が上手くいくまで会社を支えたのは誰なんだ、上手くいったらこっちは日陰もの扱いかって思いますよ。
社長も最近は事業部会議に顔を出しもしない。自分が呼び寄せた人を周りに固めて、本社にこもって会議ばかりしている。現場も見ないで戦略練ってどうしようっていうんですかね」

清水課長のぼやきは止まらない。前田は、1年前に清水が「いい新人が来てくれた」と嬉しそうに話していた顔を思い出した。

「まあ社長が見なくても事業がまわるから戦略づくりに専念しているってことさ。会社は変わっていくものなんだし、我々はプライドを持って古巣を守るしかないよ。
こっちはブランドイメージや立地に頼れないし、コスト意識や人間力も求められる厳しい世界なんだ。総菜事業も今後はそんなに市場が伸びないだろ?いずれこちらの苦労も分かるだろうさ」

そうやって清水をなだめながらも、正直なところ前田もこのまま日陰部門扱いなのかと思うとあまりいい気持ちはしなかった。

◆花形事業部の苛立ち
「相沢さんからも社長に言ってよ。もっと総菜の方に新人まわしてくださいって。加工食品と配属が半々って、今の状況でそれはおかしいでしょ」

事業部会議で隣に座った鈴木部長がそう嘆く。

鈴木は総菜事業部の中でも、比較的直近に立ち上がったブランドをまとめている総菜第三部を統括している。

昨年、相沢が立ち上げた新ブランドも鈴木部長の統括下である。相沢と同じく今西社長との個人的な縁がきっかけで同時期に入社したため、相沢とは何かと話も合う。

「来年度の出店計画から逆算すると、店舗をまわる人員が足りなくなるのは明白だよ。新人がダメなら中途で採用して欲しいって人事にも言ってるんだけど、なかなか中途採用も難しいみたいでさ。
相沢さんがいくら頑張って素敵なブランドを立ち上げても、現場をフォローする人間が足りないと軌道に乗らないよ」

相沢からしても来年度の新人の配属は不可解だ。今や総菜事業部の人員は社員の3分の2を占める。3年後までに店舗数は30パーセント増を予定している。

一方、加工食品事業の売上は過去10年ほぼ横ばいだ。

「鈴木さん、私だって社長にことあるごとに言っていたのよ。総菜の中堅人財を何人かこっち(ブランド開発部)にまわしてください、その補充人員も考慮して総菜に新人を配置してくださいって。もう欲しい人の目星もつけているのに……。これじゃなかなか新規業態の開発も進みそうにないわ」

ここ数年は中食市場の成長も鈍化し、相沢が手がけたブランドも立ち上がりは順調なものの以前ほど成長が見込めない目算であった。

だからこそ、相沢はブランド開発部の体制を強化し、従来の業態にこだわらない新規業態の立ち上げを検討すべきではないかと今西社長に提案していた。

「だいたい、うちのブランドをイメージして入ってきたのに、んな地方まわりさせられたら辞めちゃうよな~。案の定、今年の新卒も退職者が相次いでいるじゃないか。それで今度の新卒を補充に使いたいんだろうけど、また辞めるんじゃないの。あっちは現地採用の中途人財でいいじゃないか」

「あちらの事業部は先代社長の時代からいる古株が多いし、社長もなにかと配慮している感じよね」

相沢は、新人配属の件以外にも、総じて社長は加工食品事業部に対して遠慮がちだという印象を持っていた。古株を大切にするのもいいが、そのせいで事業のスピードが下がるのは勘弁して欲しいというのが相沢の本音だ。

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―解決すべき課題と対策の方向性

◆対立構造の整理
新井食品では、人財交流が止まり両事業部が蛸壺化し、社員はお互いの事業について知らない、興味がない(持つ必要もない)状態に陥っていた。

それぞれの事業部で自事業部の成長・発展のみを追いかけ、幹部も含めて全社目線を持っている社員もいない。

加工食品事業部は新卒の離職が増えているが、人員補充されるだけで根本的な対策は採られていない。一方で急成長した総菜事業部では人不足が慢性化し、加工食品事業部に批判の矛先が向かっている。

社長の今西はそのような状況に危機感を持っていた。

主要2事業は成熟期を迎え、先代から引き継いだ会社をもう一段階発展させ、次世代に向けた基盤を槃くためには、新しい事業の柱が必要だ。

打開策を考えるべく、ここ最近は経営企画部に外部ブレーンを交えて今後の事業の方向性を模索していたが、自社の強みを活かした戦略を取るのであれば、両事業部の幹部の理解と協力は必須だ。

ところが現状では、両事業間での協力関係どころか、不要な対立意識が長年良好であった同社の組織風土にも影を落としつつあった。

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◆会社の未来のための共同プロジェクト
第一の問題点は、今の新井食品では組織変革の鍵となる部長クラスが「事業部の未来」視点で物事を見ていることである。

それが「会社の未来」に向けた諸策を実行する上での高いハードルとして立ちはだかっている。

対お客様、対社会といった外部に向けた価値創造よりも、他部署との比較論に終始する、非常に内向きな発想が根付いている。

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現状を打開するためには、幹部の目線を「事業部の未来」から「会社の未来」にシフトさせ、それらをイコールで考えられるように促していくことが必要である。

現場メンバーにいきなり「会社目線」を求めるのはハードルが高いが、部長クラスにはその視点を求めていくべきである。

つまり、両事業部の幹部人財が会社の未来、外に向けた将来ビジョンに目線を向けるための状況をつくり出すことが課題となる。

そのために有効な手段として考えられるのは、会社の将来を見据えた両事業部の共同プロジェクトを発足させることだ。

会社目線で考えろ、といっても、彼らのミッションが事業部収益の最大化にとどまっている以上は、どうしても事業部目線が優先されてしまう。

そこで「会社の未来」を自分事にするための機会として、両事業部の幹部メンバーを中心とした合同商品開発プロジェクトを立ち上げることが一つのアプローチとして考えられる。

ここで社長自身が、このプロジェクトの責任者としてコミットし、会社の将来のための最重要課題であることを態度で示し続けることが必須である。

◆セクショナリズムの打開
第二の問題点は、人財交流が止まっていることが行き過ぎたセクショナリズムを生んでいることである。

さらに、人手不足により人財の奪い合いという不要な対立が起こり、双方が被害者意識に陥ってしまっている。

また、現社長が加工食品事業部を巻き込まずに改革を進めようとしていることが、「創業社長のもとで育った、たたき上げ勢 VS 二代目社長ブレイン勢の対立構図」を深める結果となっている。

一部の幹部は会社の将来に対する危機感があるものの、改革の当事者として扱われていないことで、矢印が他者(他事業部や社長)に向いてしまっている。

これらは施策の失敗の結果ではなく、むしろ事業部制が上手く機能したことで起こった弊害と言える。

各事業に最適化された組織体制により、共有している経営基盤は管理系機能のみ。各事業部内で育成機能が完結しているため、生産性を下げてまで人財交流をする必要もない。

ではこれらの問題点をどのように解決していけばよいだろうか。

やはりここは、強制的な人事異動(ジョブローテーション)により、両事業部の人財交流を進めることで、共通の目標を持つための基盤づくりにつなげることがポイントとなるだろう。

蛸壺化し、相手に批判的な矢印を向けているのは、互いに相手を知らないことが要因としてあげられる。

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シナジーを起こすためには、人財の交流が不可欠だ。できればプロジェクトの発足と同時に人財交流を開始し、限られたメンバーを対象とした活動ではなく、全社をあげた組織変革であることを示した方がよい。

ただし、これらの施策が目に見えた効果をあげるまでには少なくとも半年~数年の時間を必要とする。

それまでの間に人財不足に対しては別途手を打たなければ現場メンバーが疲弊してしまう。新井食品の場合は、新入社員の離職防止とキャリア採用の強化が急務となる。

それに加え、新井食品は次世代に向けた新たな経営ビジョンを必要としている。そこで新たな理念やCIの検討、また中期計画の策定を急がなければならないようにも思える。

ただし、それは先述した施策により、両事業部の主要メンバーが「会社の未来」目線を持てるようになった上で取り組むことが望ましい。

幸い新井食品には、組織変革に取り組む時間は残されており、本当に事業が頭打ちになる前に、次のステージを見越した組織の土台づくりに取りかかることができる。

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―変革への取り組みフェーズ1:両事業部の垣根を壊す

◆今西社長の決意
「このままでは社の未来はない。両事業部からの抵抗はあるだろうが、思い切ってやってみよう」社長の今西は決心した。

加工食品事業部、総菜事業部それぞれが抱えている不満は耳にするし、理解している。

加工食品事業部が長年にわたり社を支えてきた歴史は肌身にしみて分かっている。また自らが外部から連れてきた人財により、社の事業に新たなページを加えた総菜事業部の重要性も把握している。

しかし、それらをただ大切に維持するだけでは、彼らのポテンシャルを活かすどころか、かえって潰してしまう結果になりかねない。

それを理解しつつも、あえて根本的な解決策を採ろうと自分はしてこなかった。だが本来シナジーが期待できるはずの両事業が人財難をきっかけに、
まるで競合会社のように対立している状況で、明るい未来が開けるわけもない。

今西は根本的な変革に乗り出すときが来たことを実感していた。そのためには、分離していてまるで別会社のような両事業部の交流を図り―つの会社として同じ方向性を持ってもらうことが重要なのではないか。

一時的に現場の負担が大きくなる可能性はある。しかしそれならなおさら、自分以外に決断できる人間はいない。そう考えるに至ると、ようやく行動へと移し始めた。

◆事業間交流に噴出する不満
今西は、決意すると、早速新たな試みを打ち出した。まずは、食品加工事業部、総菜事業部の両事業部の中堅メンバーの事業間異動を打ち出した。

社長の方針に両事業部では驚きが起こるとともに、業務をよく知る中堅社員が「抜かれる」ことに、それぞれの事業部からは不満が漏れた。

「事業の効率も落ちてしまうよ。会社としての一体感を高めたいというのは分かるけどさ、今やることじゃないでしょ」

総菜事業部の鈴木は相沢に対し、このように不満をぶつけてきた。相沢はもっともだと思った。

今西は、衝撃を和らげるため、強制的な異動は避けた。異動にあたっては一定の条件を満たした社員の中から、本人の希望を優先した上で決定することにした。

しかしただ単純に希望を募ったところで、前例の少ない事業部間異動に不安を持つ社員が多いことを想像するのはたやすかった。

そのため、職種ごとに事業部異動後もスキルを活用しやすいキャリアパスを検討し、異動希望を出しやすいように制度を整えた。

また、両事業部間の異動は今後も定期的に行うことを示し、事業部間異動が通常のことになっていくことを伝えつつ、心理的な抵抗を下げるように努めた。

すると、ようやく「一度、行ってみようかな」「異動を希望してもいいです」と手を上げる社員が出てきた。

対立しているかのような両事業部だったが、「今のままよりもっと成長したい」「どんな仕事があるのか、新しくチャレンジしてみたい」と考える社員も実はいたのである。

こうして何とか事業間異動を制度として打ち出し、実際に人財交流が開始された。この制度によって、希望をかなえられた社員や人財を獲得できた現場からは喜びの声が上がった。

しかし想定していた通り不満の声も噴出した。また本人の希望を条件としたため、事業部や部門ごとの人財の偏りを解消するには至らなかった。

◆人財不足への対応
一方で、急務となっていた新入社員の離職と中途社員採用への対策にも異動の制度導入に先んじて取りかかっていた。

新規入社メンバーの初期研修は、これまでは通り一遍の工場見学や事業説明だったが、それだけで互いのことを知ることができるわけもない。

両事業がどのように成り立っているのかを体感的に学習できるように整備し、またチームを組ませてプレゼンを実施することで、より理解を深められるようにした。

さらに、新卒は両事業部それぞれを一定期間経験させ、その上で配属を決めるように改めた。

キャリア採用については、これまで募集する地域や職種ごとに必要な経験・スキルについて大まかな条件しか定めていなかったが、入社後に定着・活躍しているメンバーの特性を分析しより具体的な人物像を描いてエージェントに提示した。また、リファラル採用も本格的に活用し始めた。

これらの施策により入社後のミスマッチによる離職は減少傾向となり、また何より会社が人財不足への対応に本腰を入れている様子が伝わったことが、
現場メンバーの不満を多少なりとも和らげた。

◆合同プロジェクトの開始に募る不安
定期異動制度の初回実施が一段落した頃、今西社長の発案で、両事業部の企画部門による合同商品開発プロジェクトを発足させることになった。

これは、共通のビジョンに対して同じ目線で考え議論し、お客様や市場といった外に対して目を向けることの重要性を、幹部メンバー中心に感じ取ってもらいたいという意向が大きかった。

とはいえ、このプロジェクトは簡単には進まなかった。そもそも加工食品事業部は利益率や安定性重視、総菜事業部はアイディアや行動力重視と、お互いのやり方が異なりすぎていて、何かを検討するたびにその判断基準の違いが浮き彫りになった。

「やっぱり価値観がなかなか合いませんね。こんなことで上手くいくのでしょうか?」前田は、清水から何度も聞かされた。

清水は清水で、プロジェクトの参加メンバーからしばしば愚痴を聞かされているという。合同プロジェクトに加わった前田自身も、不安は痛感していた。

総菜事業部から参加している社員と話すとどうしてもどこかよそよそしく、まるで他社の人間と話をしているかのような感覚に襲われる。

「分かってはいたが、こんなに組織風土も社員のタイプも違うとは……。こんなことで成功するのだろうか。」そう考えずにはいられなかった。

それは総菜事業部から参加している相沢らにとっても同様だった。相沢は、同じくプロジェクトに参加している鈴木からプロジェクトに対する不満を聞かされることが増えていた。

「これ、そもそも合同でやる意味あるのかなあ。なんか、話せば話すほど、彼らとは一緒にやれない、って気持ちになってしまうんですよね。部長である僕がそう感じるなら、現場に近いメンバーはなおさらじゃないかな」

「そうよね……私も他のメンバーから似たような意見を聞いてるわ」

「社長は分かってるのかな。このプロジェクトには相当期待しているみたいだから、ちょっと僕からは言いづらいんだけど……相沢さんから、今の状況について社長にそれとなく言ってもらえませんか」

相沢もプロジェクトの今後に危うさを感じていた。成り立ちも風土も違うのに、一つにまとまるわけがない。結局は互いにばらばらであることを感じるばかりではないのかと思った。

また人財をシャッフルしたことで、現場が多忙となり、疲弊しているのも実感していた。新しく入社したメンバーも頑張ってくれているけれど、まだ育成期間中だ。

やっぱり事業部間の人財交流や協業は無理だろう。そう思うのは相沢ばかりではなかった。

そんな不満や不安、懸念を裏付けるように、やがてプロジェクトミーティングの開催頻度が落ちていった。たとえ開催しても、主要メンバーが「急用」を口実に抜けてしまい、まったく意味のある議論が進まなかった。

そうしてプロジェクトは完全に膠着状態に陥った。だが今西社長は、落ち着いていた。それら様々な問題の報告を受けても、やめようとはしなかった。

「大変なこともいろいろあるだろうけど、好きなようにやってみなさい。支援が必要なことがあれば遠塵なく相談して欲しい」

そう言い続け、プロジェクトの支援を惜しまなかった。

「自分の姿勢がぶれたりしたら、プロジェクトが上手くいくわけもない。ここはどっしりかまえ、我慢しよう。そして自分のスタンスが変わらないことを見せることで、社員の意識を変わらせよう。」そう決心していた。

◆視野を広げることで生まれた共通のゴール
いつまでも膠着状態に陥っているかのように思えたプロジェクトに、やがて変化の兆しが見えた。

そのきっかけとなったのは、加工食品事業部の若手メンバーたちだった。

「自分たちの経験をもとに話し合うだけでなく、外部の情報に触れたい」と意見が出たのである。

彼らは「交流と言っても、結局は狭い視野しかない中で行っているから変わらないんじゃないか」と感じ始めていた。

今西はその意見を取り入れると、外部人財を招いた勉強会を複数回に分けて実施することにした。

食品関連のベンチャー企業経営者、大学教授、大手食品メーカーの商品開発部長など外部から人財を招き、勉強会を複数回に分けて開いたのである。

その勉強会では、今後の食文化の発展において、自社がどのようなポジションを取りうるのかについてディスカッションを重ねた。

すると目先ばかりに視線が行きがちだった両事業部の社員に、少しずつ変化が生まれていった。

新井食品が置かれている現状や日本の食品業界の今後などを知ることで、新井食品が安閑と過ごしているわけにはいかないことに気づかされた。つまり、このままでいいわけではないことも理解していった。

その危機感は、両事業部のメンバーに共通して育まれた。社として変革を求めなければならない、そう考えるようになっていった。

あるとき、前田は相沢から言葉をかけられた。

「総菜事業部も新たな事業展開を打ち出さないと先が見えませんけれど、うちだけじゃなく、そもそも加工食品も含めた会社全体として、今後の業界でどんなポジションを取っていくかを考えなければなりませんね。そのためには、ここにいるメンバーから変わらないと」

そういうやりとりすら今まではほとんどなかったから、前田は一瞬驚きを感じつつ相沢に言葉を返した。

「そうですね。今のままではだめですよね」

変わっていくには、自分たち自身も変わっていかなければいけないと気づくと、ただ自分たちのやり方に固執していても意味がないことを知った。

それぞれの目線が「過去のやり方で成果を上げる」ことから、「未来に向けて新しいやり方を模索する」へシフトしていったのだ。

そのためには、今までまったく風土も価値観も異なる両事業部が、それぞれに学ぶことも必要だという意識も芽生え、そして新井食品を担う両輪として共通のゴールが徐々に描かれていった。

共通の危機感や一つの目標へ向かう意識が醸成されてくると、新たな動きが起こるまでに時間はかからなかった。

プロジェクトでは、ついに具体的なアイデアが出始めた。両事業部のメンバーでいくつか出たアイデアをさらに検証していき、まずは一般消費者向けのブランド力を活かして、食堂や施設内レストラン向けに健康志向のメニュー提案をする事業をテスト展開することが決まった。

両事業部のメンバーがペアを組んで地方の取引先をまわると、早速導入先が決まり始めた。

「鈴木さん、なんか新しいことが起こりそうな予感がしない?」

相沢が話しかけると、鈴木も同じことを感じているようだった。

「そうですね。今までこういうことをしたことなかったから、新鮮ですよね」

ささやかな成果が生まれたことで、プロジェクトは歯車がまわり始めた。

◆その後の新井食品
ようやく垣根を越え、一つとなっていったプロジェクト。

その中で生まれた「両事業がバラバラに存在するのではなく、統一されたミッションが必要」との意見がきっかけで、企業理念・CI検討プロジェクトを組成、社外の専門家にファシリテートを依頼しつつも、理念の文言は自分たちで一から考えることも決めた。

両事業部の社員へのインタピューを実施し、創業者の思いや自社の歴史に触れつつ、二代目社長の描く将来像を反映した理念の案を作成することも決まった。

「ようやく、次のステージに進む土台ができた。今なら新しい成長戦略を描いて、社員が一体になって進むことができそうだ。ここからが本当の勝負になるぞ」

社長の今西は思う。

長年会社を支えてきた食品加工事業部に気を遺い、変革が必要と感じながら行動を起こさずにいた。現状をこのまま維持できるわけではないのを知りながら、先送りしてきた。勇気を持ち、一歩足を踏み出して行動を起こした今、自身の姿勢の重要性をも実感する。

こうして軋轢の強かった二つの事業部は同じ社内の事業部として共通の未来を目指し、協力しながら進んでいく気運と体制が揃い始めた。

ようやく新井食品は一つの会社へと生まれ変わろうとしていた。

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―終わりに

新井食品の問題は、長年会社を支えてきた屋台骨である事業部と、新たに生まれ時流に乗る形で頭角を表した事業部、その両者のギャップにあった。

企業では、事業部制への移行フェーズでこうした困難に直面するケースが多いが、新井食品の場合は各事業の設立経緯や時期が異なっていたこともあり、もともと事業部制が機能していた。

上手くいったからこその悩みが発生していたことも特徴的である。

また、新井食品ほど事業部制が上手く機能していない場合でも、複数事業を展開する企業では同様の課題が発生する。部門間のギャップを埋めて全社共通の未来を目指すために大切なポイントを、以下三つの視点で整理する。

①人的交流の促進
事業部の垣根を取り払うために、異動や合同プロジェクト発足などを通じて、交流を深めていくことが大事だ。

その過程ではギャップが大きければ大きいほど、不満や不安も噴出する。その不満の原因には直接対処しつつも、動じることなく、ことを進めていくことが重要となる。

今西社長が両事業部から突き上げられても落ち着いていたように、経営者の一貰した姿勢もまた、大切な点である。

②共通の成功体験を生み出す
新井食品にとって何より必要だったのは、両事業部共通の成功体験である。

互いにばらばらに頑張って、自分たちだけが成功すれば良いという意識を抜け出し、より高みへ、大きな成功へとつなげるためには、互いの力を合わせる重要性を知ることが重要である。

そのためにも、ささやかでもいいから成功体験を築いていくことが大きな意味を持ってくる。

人的な交流を図ることで垣根を壊し、ビジネスとしての共通ゴールを描く機会を設け、共通の目標を鮮明に描くこと。新井食品ではそれを実行したことによって、社内ではなく前を向く組織へと脱皮できた。

③外に目を向けさせる
多くの場合、組織変革のきっかけとなるのは、外向きな志向が生まれたときである。

いかに自部門が他部門に対して優位に立つかといった部門間の権力闘争ではなく、お客様や社会、市場に対して自社はどのような価値を提供していくのか、そのためには何が必要かを第一に考えることが「外向き志向」だ。

組織が大きくなるにつれ、自然と組織に壁が生まれ部門最適化しようとする力が働く。

「部門の未来」ではなく「会社の未来」に幹部同士が共通のビジョンを持って向かっていけるかが、組織の力学を左右するのである。

加えて組織変革の助けとなったのは、客観的な視点である。自社の現状を外の目線から見ることで、おのずとどう変わっていかなければならないか気づけるだろう。

中だけで答えを探していても、新しい発想は生まれてこない。外に目を向けてはじめて、自分たちの異質さや至らなさにも気づくことができる。

社内の凝り固まった考え方から脱却できるように、第三者視点をいかに取り入れられるかが、変革の鍵となる。

新井食品は創業、そして第二の創業を成功させ、さらに三つ目のステージにも一歩足をかけることができた。第三ステージでも新井食品はまた新たな課題にぶつかるはずである。組織開発には終わりはなく、そして正解もない。

常に動き続ける組織のダイナミズムの波を捉え、ステージに応じた変革を仕掛けていくのが組織開発の役割である。

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【モンスター組織CASE07 肥太化する事業部制組織】

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▼登場人物
①5代目社長:星ゆかり(36歳)
・1915年創業の高級時計メーカーの老舗5代目社長
・新卒でメガバンクに就職し、営業として、個人向けに投資信託、保険等の金融商品の販売や信託の提案を行う
・30歳のときに、父親が社長を務める星時計工業に入社
・父親が健康問題を理由に会長職に退いたのをきっかけに、5代目社長に就任
・幼い頃から従業員に囲まれて育ち、家業に自らのアイデンティティを置いている
・父親の代から徐々に下降している業績に加え、慣れない社長業に対する不安も重なり、次の時代を生き抜いていくための新しい施策を打たねばとの焦燥感に駆られている

②経営企画部長:遠藤雄太(42歳)
・ゆかりの社長就任の直後に、家庭の事情により退職した部長の後任として、人財紹介会社からの紹介で入社
・それ以前の経歴は、大手DVDプレイヤー・レコーダーを製造販売する会社に新卒入社し、営業として経験を積んだ後、経営企画室課長として社内の改革業務を担っていた
・星時計工業には、両親の面倒を見るためUターンした神戸で登録した転職エージェントから、「社長の若返りとともに、社内を改革する人財を求めている」との話に興味を持ち、面接を受け、入社に至った

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―イントロダクション

高級時計メーカーの星時計工業は、1915年創業という歴史を誇る老舗企業である。

舶来商品を扱う商社に勤めていた初代創業者が1915年に独立して、神戸で時計卸売業をスタートし、その後、自社独自の商品開発を行うようになった。

初代創業者の掲げた「お客様に一生ものをお届けする」という理念に基づき、今なお高級腕時計の開発・製造に力を入れており、海外のブランド志向が高い日本市場においても主に関西圏で“神戸のスター”の愛称で高級時計
としての高い知名度を誇っている。

星時計工業の特徴としては、マイスターと呼ばれる熟練技能者たちの手作業による職人技がコア技術となっていることがあげられる。

5代目社長である星ゆかりが社長に就任する以前は、高い技術力に裏打ちされた高品質と知名度を基に業績を伸ばしていた。そのため、営業やマーケティングを担う人財が育っていないという一面があった。

社員数は約100名で、社員の8割は県内出身者が占めている。創業時以来、社員を「スターファミリー」と呼び、社内の結束力を重視してきたため、離職率は極めて低く保たれていた。

ただ、近年は採用が上手くいかず、若手の採用が減少している中で、組織の高齢化が進んでいた。

加えて、安価なクオーツ式腕時計の台頭やスマートフォンの普及により、売上の低下が続いている。

業績下降の状況に対し、社長から改善策を考えるよう求められた経営企画部長の遠藤は、業績下降の原因を、技術至上主義で、かつ自分たちの価値観を重視しすぎる内向きな組織にあると考え、市場の変化にすばやく適応できる柔軟な組織になるための改革に着手することを提案した。

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―変革前の星時計工業

◆老舗5代目の苦悩
「一体どうしたらいいんだろう……」

老舗高級時計メーカーの5代目社長、星ゆかりは、最近の社をめぐる状況に、ふと、ため息をもらした。

星は、30歳のときに、代々一族で経営を受け継ぎ父親が社長を務めていた星時計工業に入社した。

その後、父が健康問題を理由に会長職に退いたのをきっかけに、5代目社長に就任した。星はもともと幼い頃から従業員に囲まれて育ち、家業に自らのアイデンテイティを置いているくらい、星時計工業に愛着と誇りを持っていた。

だが一方で、自分が経営を引き継ぐ少し前から徐々に業績が下降していることも知っていた。

そんな中で、伯れない社長業についた不安もあり、次の時代を生き抜くための新しい施策を打ち出さなければならないという焦燥感もあった。だが、今のところそうした思いは成就していない。

経営企画部長を務める遠藤は、星が社長となった後に迎え入れた人財だ。事業の立て直しのために皆を引っ張ってくれる人財をと考えてのことだった。

遠藤は入社すると、まず現状把握に努めた。その中で遠藤は、あまりにも自分たちの技術にこだわり過ぎる技術至上主義的な価値観や、「時代の流行に左右されるのは星時計工業のやり方じゃない」といった内向きな考え方が、業績低迷の主たる要因ではないかと考えた。

また、ベテラン社員も若手社員も、業績が低迷していることへの危機感が薄いことにも違和感があった。

評価制度が、業績とあまり連動していないこともあり、売れるかどうかよりも自分たちがつくりたいものをつくることを重視する傾向があると捉えていた。

自分たちの会社はつぶれないと、どこか楽観視しているような気がしてならない。

「そんな甘い考えでは、この先、生き残っていけないのに……」

遠藤は一人強い危機感を抱いていた。

そこで、社長の星に、もっと顧客ニーズを捉えた商品開発を行える体制に組織を変革すべきであると訴えた。

具体的には、ベテラン技術者よりも若手の技術者を中心とした商品開発体制にすること。

さらにはキャリア年数や技能の熟練度を重視した、いわゆる年功序列型の評価制度から、成果連動型の評価制度へ転換を図ることを提案した。

その提案を受けた星は、それを推し進めるべきかどうか、大きな迷いがあった。

改革が必要と感じる一方で、長らく星時計工業を支えてきたベテラン社員たちのプライドを傷つけることになるのではないか、家族経営的な企業風土が失われてしまうのではないか、と思ったからだ。

ただ、このままでは業績は悪化する一方で、いずれ経営が立ち行かなくなってしまうことや、そうなれば自分の代でこの大切な会社を畳むことになりかねないことを危惧していた。

「社員を家族のように感じている自分には、客観的に現状を捉えることは難しいのかもしれない。遠藤を信じて任せてみようか……」

そんな想いで、遠藤に改革を託すことにした。しかしそんな中、ショッキングな事態が起きた。新卒から30年勤めていた腕時計の開発・設計を担う
熟練技術者が退職することになった
のである。

それは会社の大きな財産を失うに等しく、報告を受けた星は「え、本当に……?」と思わず聞き返すほどショックを受けた。

退職の理由は、遠藤の行った制度改革により、商品開発への関与を外されたことや、技術者の給与が成果によって決まる評価制度が導入されたことへの反発だと知った。

星は、退職することになった熟練技術者に、これまでの労を労いたいと個別に会うことにした。そこで彼はこう言ったのだった。

「私たちの時計づくりに必要なのは、「技能」なんです。「技術」じゃない。一朝一夕では商品の開発などできないからこそ、その商品に価値があるのではないですか」

それは星を諭すような言葉だった。星は何も言えなかった。そして改革をどう進めればよいのか、何が正しいのか、考えずにはいられなかった。

◆何が正しいのか、迷いの中、進む日々
「どうして上手くいかないんだろう……」

遠藤は、コーヒーを飲みながら、思わずつぶやいた。

遠藤は、星時計工業に経営企画部長として入社した。「社内改革を進める人財を求めている」と聞いたのがきっかけだった。

しかし社長が交代した直後のことだったので、なおさら改革を求める必要性を理解し、やりがいを感じての入社だった。

前職で培った改革の経験が活かせると考えた。そして入社した直後から、早速星時計工業の現状の分析に取りかかった。

「星時計工業は老舗ではあるが、業績は先代の社長のときから低下傾向にある。はっきり言って低迷していると言っていい。この低迷している業績を回復するためには、今よりも効率よく収益を上げるために戦略を見直すべきだ」

そう考えた。

まず手始めに、マイスター制度の見直しを進めることにした。

熟練した技能を持つマイスターだけで行っていた商品開発を改め、市場の変化にスピーディに対応できるように、若手技術者が商品開発に関われる組織体制に変えていかなければならないと考えた。

また、社員の幸福を重視するあまり、安定性や公平性を重視したこれまでの評価制度のあり方も、業績低迷の要因の一つになっていると遠藤は考えていた。

いまどき年功序列型の評価制度では、優秀な若手社員は集められないし、若手が活躍しやすい組織でなければ、市場のニーズに合った商品など生み出せない、と考えたのだ。

「市場競争を勝ち抜くためには、もっと若手が活躍しやすく、より客観的成果をもとにした成果主義の評価や賃金制度が必要だ」

遠藤は評価制度の見直しも提案することにした。

ところが、新陳代謝を促す仕組みを導入したところ、かえって社員のモチベーションの低下を招いてしまった。

それは長年、有能な技術者として会社に貢献してきた社員にとって、自分たちを否定されたと感じるものだった。

あまつさえ、貴重な熟練技術者の「退職」という事態さえ招いてしまった。さらに若手の技術者にとっても、機会は与えられたもののスキルが伴わず、商品開発は思うように進まなかった。

それは思ってもみなかった事態であり、そのことで、星社長が深く傷ついているのも見て取れた。

「なんだか思うようにいかないな……」

遠藤は再び、つぶやいた。自分自身、熟練技術者の退職に関しては、改革の必要性を信じながらも内心動揺しているのは否めなかった。

これまでのキャリアで培ってきた成功事例が、適用できない。どうして上手くいかないのかと、打ち手がない状態に苦しんでいた。

――――――――――――――――――――

―解決すべき課題と対策の方向性

◆対立構造の整理
自社のこれまでの生業が、そのまま通用する市場環境ではなくなっていることに危機感を持ち、改革の必要性を感じる老舗の5代目社長。

業績が低迷しているのを受けて生き残りのため、戦略の見直しとそれに伴う組織変革が必要であると考え、改革をけん引する人財も迎い入れた。

それが、経営企画部長の遠藤である。遠藤は、早速、商品開発の体制や評価制度の見直しなどの対策を打ってみたものの、熟練技術者の反発を受けるなどして、その成果は思うように上がっていない。

長い歴史を持つ老舗の企業にはありがちな構図だ。どう会社を導いていけばよいか見えていない社長と、社長の期待に応えられない遠藤の間で、不信感が生まれつつある。

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◆「機能体組織」or「共同体組織」の選択
第一の問題点は、業績の低迷により、社長である星が、自社の経営方針や進むべき方向性に自信を失ってしまっていることである。

家族のように考えていた熟練技術者の退職が追い打ちをかけた。そのため、変革が必要であるとは分かっていても、一体どういう方向に経営のかじを切ればよいのか、見定められずにいる。

一方の改革の担い手も、何をどう変革すべきか確信を持てないことにある。

遠藤は、DVDプレイヤーというコモディティ化した商材を扱っていた会社の出身である。長い時間をかけてようやく培われる「熟練技能」がコアコンピタンスである星時計工業にとって、果たして何が競争の源泉になり得るのか、見定めることができていない。

ゆえに誤った施策に走り、技術職社員たちの反発を買うこととなった。結果として、ベテランも若手も仕事に対するモチベーションが低下している。

ベテランの熟練技術者は、自らの技能と、それによって生み出される商品に誇りを持っていた。ところが、そのことがまるで業績低迷の要因かのように言われることや、評価のあり方が大きく変わってしまったことが、会社への不信感につながっていた。

また若手技術者にとっても、新たな制度下での成功事例が生まれないことで、結果として評価にもつながらず、モチベーションが高まらない状況を生んでいたのである。

これらの問題点の根本となっているのは、星時計工業として今後どのように歩んでいくかという明確な方針がないことである。

どうすれば100年という長い歴史を持つ老舗として、次の100年後も存続できるのか。その確信を持つためには、星時計工業が存在する意義は何なのかを改めて再定義することが重要である。

これまでの歴史を振り返り、自社が100年間事業を続けてこられた理由は何か、競争の源泉ともいうべきコアコンピタンスは何かを明確にすることで、存在意義を定義することができるだろう。

それと同時に、時代の変化とともに変えていかなければならない戦略や組織の課題についても目を向けることが必要と思われる。

存在意義を再定義できたら、その存在意義を確固たるものとして存続させていくための手を打つことが次のステップとなる。

星時計工業の存在意義は、他に真似できない技能を持ったマイスターによる高品質な商品をお客様に届けることであり、そのためにはマイスターを育て技能を磨き続けることが必要だ。

マイスターの育成には時間がかかり、またその技能は人から人へ引き継がれていくものでもある。だからこそ、家族経営的な信頼関係が不可欠で、社員の幸福を第一に考える「共同体組織」が合致していると言える。

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ここでいう共同体組織とは、地縁や血縁、友情で深く結びついた自然発生的な有機的な社会集団のことで、ドイツ語でゲマインシャフト(Gemeinschatf)と称される。

ドイツの社会学者、フェルディナント・テンニースが、業績や顧客満足といった目的達成を第一した集団、ゲゼシャフト(ドイツ語:Gesellschaft、機能体組織、利益社会)の対概念として提唱したものである。

◆「戦略」を描き「組織」を変える
第二の問題点は、戦略なきまま組織から変えようとするアプローチである。

時計業界は市場拡大が見込みづらい成熟市場である。既存のやり方だけで勝負していては先細りなるばかりのことはわかっていても適切な戦略が描けていない。

そのような中で、組織の問題ばかりに目を向け手を加えようとしても、上手くいくはずがない。

本来、自社を取り巻く「環境」から「戦略」を描き、それを実現するための「組織づくり」「人づくり」をしていくことが王道であり、それらの一貫性が企業の成長を左右する。

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もともと持っているコアコンピタンスや社内のリソースを活かしつつも、環境に適応した新たな戦略を描き、それを実現するための組織体制と人財育成が必要だろう。

星時計工業の場合、まず明確にすべきはマーケティング戦略である。成熟市場においては、新たなターゲットを見出し、シェアを拡大しなければ成長は望めない。

成長を実現する上で重要となるのがマーケティングの機能である。

自社が持つ高い技能を活かしつつも、現代の顧客ニーズを捉えた商品を生み出す商品企画力が必要である。それと同時に、自社のこだわりや価値観を顧客に愛されるブランドへと昇華させるブランディング施策も重要だろう。

技術者と市場のつなぎ手となるマーケターを育成することが、星時計工業には求められている。

――――――――――――――――――――

―変革への取り組みフェーズ1:100年後も続く会社になるための存在意義の再規定

◆会長からのアドバイスでヒントを得る
「このまま行っても、業績は回復する目処も立たないし、熟練技術者が辞める事態まで起きてしまった。一体、どうすればいいんだろう……」

悩んでいるばかりの様子を見かねて、先代社長であり現会長である父が声をかけた。

「どうにも進む方向が見つからないなら、一度、原点に立ち返ってみるといいんじゃないかな」

その言葉に、ゆかりは思わずハッとした。

「例えばだけどね、我が社は創業し100年以上経っている。次の100年も続いていくような会社になればいいなと思っているがそれをテーマにしてこれからどういう会社なら次の100年も続けることができるのか、みんなで知恵を出し合ってみたらいいんじゃないか。
その出発点とするためにも、なぜこれまで100年も続けてこられたのか、改めて考えてみることも大事だと思うのだが」

ゆかりは、なるほどと思った。

「そうだ。一度、この会社がここまで続いてきた理由を考えてみよう。そこからヒントが出てくるかもしれない」

父の発案・後押しを受け、「100年後も存続する会社であるためには」のテーマで、あるべき組織の形について検討を行うことにした。

◆社員全員にヒアリング開始
「遠藤さん、やりたいことがあるんだけど」

ゆかりは遠藤に次の100年も存続するために、何が必要かを考えるプロジェクトを発足させたいと相談した。社長の提案を受けた遠藤は、しばらく考えた後、ゆかりにある提案をした。

「社員全員に話を聞いてみてはいかがでしょうか?」

実は遠藤は、会長から「今いる100人の社員たちの思いをくみ取ってやって欲しい」と声を掛けられていたのだ。そして思いをくみ取るには、一人ひとりから話を聞かなければならない、と考えていた。

遠藤の提案に、ゆかりはもろ手をあげて賛成した。実はゆかりもまた、「みんなに話を聞いてみたい」と思っていたからだ。

意見の一致した二人は、「100本ノック」と題し、社員100人全員に対するヒアリングを敢行した。

社員一人ひとりから、会社に対する思いやこれまで自社が発展してきた理由、これからの組織に期待したいこと、100年後もお客様に愛される存在でいるために自分たちがすべきことは何か、について意見を述べてもらった。

ヒアリングを進める中で、ゆかりと遠藤は、自社の競争の源泉が、他社には真似できない“技能”にあることを改めて認識することとなった。

その結果、自社の競争の源泉である、マイスターの“技能”を育て続けられる、「スターファミリー」としての組織をこれからも堅持していくことが大事だとの思いに至った。

長い時間を要するマイスターの育成には、社員が安心して仕事に打ち込める環境が必要だと理解したからだ。

このヒアリングを終えたあと、ゆかりは遠藤からある想いを打ち明けられ、驚きとショックを覚えた。

「社長、私は辞職させていただきたいと思います」

「遠藤さん、どうしてですか?ヒアリングを終えたとはいえ、プロジェクトは始まったばかりだし、改革もまだまだこれからです。なのにどうして今なんですか?」

実は遠藤の中には、ヒアリングを重ねていくうちに、後悔の気持ちが芽生えていた。

「この会社にとって、何が大切なのかがよく分かった。スターファミリーとして、共同体組織をこれからも堅持する方針を選択した経営判断も間違いではないと思う。だとしたら、貴重な技術職を離職させてしまったのは、大きな間違いだったことになる。それは自分の責任だ」

そんな後ろめたさを、ヒアリングを続ける中で、遠藤は抱くようになっていた。だからけじめとして、遠藤は辞職の意向を社長に伝えたのだった。

「遠藤さん、それは違うと思います」

ゆかりは遠藤に答えると、続けて言った。

「遠藤さんの会社改革の内容は、必ずしも全て否定されるべきものではないと思っています。それに、その改革を意思決定したのは私自身でもあります。だから責任は私にあるんです」

「これからの100年も存続、発展し続けるためには、競争の源泉の軸を持ち続けながらも、変えるべきところは変えていく必要があります。その改革に、遠藤さんの力が必要なんです」

「同じように神戸で生まれ育ち地域を愛する人間として、引き続き改革の責任者として職務を全うし「神戸のスター」を一緒に守って欲しいんです。
そのためにも力を貸してください」

そこまで言われて断る理由はなかった。遠藤は、新たな気持ちで職務に取り組むことを決意した。

――――――――――――――――――――

―変革への取り組みフェーズ2:守るべきは守り、変えるべきは変える

◆ペテラン技術者が得た安心感
ヒアリングを終えて社員の思いを聞いた社長と遠藤は、それを踏まえ、組織改革を実行に移すことにした。

自分たちのアイデンテイティを守りつつ、時代の変化に耐えうる組織にすす必要があった。

遠藤がこれまで進めてきた制度改革は、安定性や公平性を重視した共同体組織を改め、市場や顧客ニーズを重視し、業績意識を高める機能体組織へ変革しようとしたものだった。

しかしその方向転換は、社員から反発を買うばかりか、コアコンピタンスである、高い技能を持ったマイスターの育成にも悪影響を及ぽしかねないことが分かった。

そこで、社長と遠藤は、「スターファミリー」という共同体組織は維持しながらも、さらに強みを伸ばしながら、弱みを補う組織にするための策を考えることにした。

強みを伸ばすために取り入れたことの一つが、技能伝承制度である。マイスターの技能は人から人へ伝わるものであるがゆえ、人財育成が属人的に行われてきた。いわば師匠と弟子のような関係性である。

昔ながらの育成方法では、一人前のマイスターを育てるのに時間がかかりすぎることや、若手の育成レベルにバラつきがあることがネックだった。

一人前のマイスターになるころには、ある程度の年齡に達しているため、
新商品の開発スピードが遅れがちで、若いお客様の感性にあった着想が弱いことや、技術革新が生まれにくいことも問題だった。

それを解消するために、技能の暗黙知をできるだけ形式知化し、適切なステップで若手技術者の技能を伸ばす教育制度を採り入れることにしたのだ。

「これまで暗黙知になっていた、マイスターの育成をきちんと目に見えるようにして、着実に育成できる制度を考えて欲しい」

社長の星はそう号令をかけ、人事部長の手も借りながら数か月かけて、技能伝承制度の枠組みを完成させた。

続いて行ったのは、マーケティングを担う部隊の組織化だ。本来、商品開発は、商品企画と製品開発に機能として分断されるべきものであるが、星時計工業の場合、長年の慣習で商品企画そのものを技術者に委ねてきた。

そのため、技術者のこだわりを重視しすぎて、玄人好みの商品しか生み出すことができていなかった。

「これでは、いくら品質的に素晴らしい商品をつくれたとしても、お客様に選ばれる商品が生まれてこない……」

社長の星はそう危機感を抱いていた。そこで、これまで専任メンバーのいなかったマーケティング部門を新たに創設し、技術者が保有する技能と顧客のニーズを結びつける役割として、商品の企画に関与させることにした。

そんな折、経営企画部長である遠藤は、前職時代の後輩でありマーケティング部門のリーダーを務めていた女性の河本が、家庭事情により退職を考えていることを聞きつけた。

彼女の有能さを知っていた遠藤は、それなら是非自社に引っ張りたいと、個別に会う機会をつくり話を持ち掛けてみることにした。

「うちには素晴らしい技能を持ったマイスターたちが何人もいる。歴史もあって優れた商品をたくさん生み出してきた。けれども、それだけではこれから先、100年生き残っていけないと思う。河本さんの力が必要なんだよ」

そんな言葉を遠藤は河本に投げかけた。すると期待していた以上に好反応を得ることができた。就業条件さえ合えば、是非入社して頑張りたいと言ってくれたのだ。

社長の星との面談を経て河本の入社が確定すると、正式に彼女を中心としたマーケティング部門が立ち上がることとなった。

「こんなに歴史があり、素晴らしい技能を持った技術者が、たくさんいる星時計工業での仕事はとてもやりがいがある」

河本は星や遠藤の期待にしっかりと応え、精力的に動きまわった。

すると、星時計工業がこれまでやったことのない、同じ神戸が発祥のアパレルブランドとコラボレーションした、新商品の企画が立ち上がることとなった。

「それは面白いかもしれない。あの会社とのコラボレーションなら、神戸ブランドとしての価値も高められそうね」

社長の星はそう後押しした。そしてそこから約1年後に商品は完成し、販売に漕ぎつけることができた。

こうして生まれた商品は、星時計工業にとって久々のヒット商品となった。

◆次の100年を目指したブランドの強化
マーケティング部門が担った役割は、商品企画だけではなかった。100年後も存続し続ける会社であるためには、ブランドを確固たるものにする必要があったからだ。

そこで、新たなプランド戦略を考え、リブランディングに取り組むこととなった。リブランディングは、社長の星と遠藤、河本の三人が中心となって進めた。

プランディングコンサルタントの支援も受けながら、
コーポレート・アイデンテイティ(CI)、
プランド・アイデンテイティ(BI)、
ピジュアル・アイデンテイティ(VI)

を一通り見直すこととなった。

こうした取り組みの中で、自社の商品を届けたいお客様とはどのような人たちなのか、自社の商品を通してどのような価値を提供したいのかが明確になった。

「良いブランドメッセージができたね」

会長である父も褒めてくれた。

「これで自分たちの存在価値を、外にも内側にもきちんと伝えることができる……」

社長の星はそう確信した。

また、星時計工業がブランドに込めた思い、こだわりを「ブランドプロミス」として新たに打ち出し、社員たちの行動指針へも反映させた。こうしてブランドに息が吹き込まれていった。

さらには、自社のコアコンピタンスとも言える、熟練技術者のマイスターたちの個人ブランディングにも取り組んだ。

「マイスターたち一人ひとりの高い技能や、商品に込めた思いやこだわりを、しっかりお客様に伝わるようにしましょう」

河本はそう提案した。

突然、スポットライトを当てられることになったベテラン技術者たちは、最初は照れくささもあり後ろ向きな反応を示していたが、彼らを題材にしたカッコよいプロモーションツールができあがると、皆、誇らしさを感じたのか嬉しい表情を見せていた。

それを見た社長の星は、「あぁ、やってよかったな」と安堵したのである。

――――――――――――――――――――

―終わりに

星時計工業のように長い歴史を持つ企業の変革の難しさは、「守るべきもの」と「変えるべきこと」の見極めにある。

自社のコアコンピタンスは何なのか、またそのコアコンピタンスを支える上で望ましい組織体は、どのようなものなのかを、まずは考えなければならない。

星時計工業の場合、それが「共同体組織」というあり方であった。共同体組織であるからこそ、星時計工業のコアコンピタンスである熟練技能を持ったマイスターを育て、高い品質の商品を生み出すことができてきたのだ。

そこを見失って表面的な顧客志向に走り、短期的な成果を重視する機能体組織へと転換を図れば、自社のコアコンピタンスを失うことになりかねない。

その一方で、共同体組織は内向きになりがちな性質を持ち、時代の流れや市場環境の変化に取り残されてしまうリスクが高い。

それゆえに、外部環境の変化と自社の強み、コアコンピタンスを上手く連動させる役割、機能が必要となる。

星時計工業の場合、その機能を新たに創設されたマーケティング部門が上手く担うことができた。外部から新たな血を入れたことも良かっただろう。今までになかった機能が追加され、組織の活性化につながった。

組織の変革は、事業のステージのよって打つべき対策がまったく異なることに難しさがある。同じ施策でも、誤ったタイミングや状況でそれを講じてしまえば、効果はまったく違ったものになる。

星時計工業のように、誤った対策が組織の崩壊やコアコンピタンスの失墜につながらないよう、適切な見極めを行っていただきたい。


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