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『モンスター組織』書籍全文公開-CASE04,CASE05-

【モンスター組織CASE04 ワンマン社長の独り相撲組織】

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▼登場人物
①創業社長:藤堂淳史(46歳)
・新卒入社の大手IT企業で、常に全社TOP5に入る営業成績を収めてきたやり手
・執行役員として任された社内の大型プロジェクトがスピンアウトする形で8年前に独立
・次々と事業構想が生まれる天才肌だが、自分の思考を他の人が理解できる形で伝えることが苦手

②既存事業部長:遠藤恭介(37歳)

・裁量権の大きな仕事がしたいと大学卒業時よりベンチャーを渡り歩く
・5年前に立ち上げ当初の藤堂システムズに経営企画責任者として入社
・細かなことに良く気がつき、社長が突っ走ってメンバーがついていっていないときのフォロー役
・面倒見が良く社員から慕われている

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―イントロダクション

8年前に大手アパレルメーカー向けCXプラットフォームサービスがスピンアウトする形で創業した藤堂システムズ。

アパレル業界はEC化が遅れており、今後の伸びが期待される分野であったことに加え、元々大手アパレルメーカーと取引を持った状態でスタートしたため業績は順調に推移、売上億円、社員数約40名の規模に成長した。

何度かIPOを考える程、CXプラットフォームサービスの先駆者として一定の地位は築いたものの、競合も増えてきておりサービスが乱立、CXプラットフォームだけでは顧客獲得が難しい状況にもなってきたため、藤堂は集客~接客~追客までの顧客接点の全てを一元管理できるサービスを開発、アパレル業界以外への展開も視野に入れさらなる拡大を目指すこととした。

新サービスも競合は多くスピーディな拡販と機能拡大が必要とされ、既存サービスとは動き方が変わるため、事業部制を導入しサービスごとに戦略を立てられる体制とした。

営業や開発、カスタマーサポートはチーム格にし、既存事業部、新サービス事業部、経営管理部を事業部化し、新たに事業部長を任命することとした。

経営企画責任者だった遠藤を新サービス事業部の部長に、残りの2事業部には外部から新たに部長を採用する形で新たなスタートを切った。

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―変革前の藤堂システムズ

◆期待通りに機能しない事業部長に苛立ちを覚える
「わが社がさらなる成長を目指すためには、営業・開発・カスタマーサポートの連携を強化し戦略をスビーディに磨いていくことが必要だ。そのために事業部制を取り入れ、事業部長に遠藤を任命したが、どうも上手く機能していないように感じる。新しい役割への意欲も十分で期待をしていたのだが、責任感が感じられない。外部から新しく採用した二人の部長のように、どんどん意思決定して進めて欲しいのだが、どうしたものか……」

藤堂は今までいくつもの新事業を立ち上げてきた経験から、新サービス拡大には事業部制の導入が必須だと考えていた。

事業部制にすることで、営業・開発・カスタマーサポートの各機能は自部門のサービスのみに集中することができ、スピードと効率が増す。

その効果を最大化するために事業部長が事業戦略を立て各機能をマネジメントするスタイルを王道としていた。

「事業部長には事業の中長期戦略を立てて、各機能をリードして欲しいと思っている。遠藤は優しすぎるのか、各機能のリーダーの顔色ばかりうかがっているように見える。なので先日も改めて事業部長の役割と期待を伝え、目標数値や大枠の戦略もアドバイスした。本人も理解したようだし、他の事業部長にもフォローをお願いした。来週にはある程度、遠藤の意志のこもった事業戦略が出てくることだろう」

藤堂はそう考えていた。

◆社長が何を期待しているのか分からず戸惑う遠藤
「社長は毎回戦略を立てろと言うが、戦略を考えて持って行ったところで、いつもダメ出しばかり。社長の中にすでに答えがあり、その方向に誘導されているように感じるときすらある」

新サーピス部門の事業部長に任命された遠藤は、経営会議の後の社長の言葉に頭を悩ませていた。

「事業部長としてより裁量権の大きな仕事ができると思っていたが、経営企画責任者のときの方が社長の干渉度が少なかったように思う。
社長はいつも各機能の横の連携が重要だと言っているが、それは自分も同じ認識なので各機能リーダーの意見を尊重して事業戦略を組んでいるのに、毎回毎回、何が不満なんだろう……」

頭を悩ます遠藤に、同時期に入社した営業リーダーから声がかかる。

「遠藤さん、事業戦略決まりました?その顔だとまた社長からNGが出たみたいですが…。事業戦略が決まらないと営業戦略も立てられないのに、こっちはこっちで営業戦略を立てろと言われるし困っちゃいますよね」

事業部制という新たな組織体制、一向に決まらない事業戦略に現場も苛立ちを覚えていた。

社長と現場とのジレンマにさらに頭を悩ます遠藤のもう一つの悩みは、新しく入社した部長二人の評判だった。

「遠藤さん知ってます?新しくきた部長たちの評判。私たちより優秀なのは分かりますが、来て早々、前職ではこうだった、これが正しいって持論振りかざして現場は結構不満抱えていますよ。内部人財からの部長登用は遠藤さんだけで、私たち期待してるんですから頑張ってくださいね」

と経営企画室時代のメンバーから声がかかる。

経営企画会議で議論をしている限り非常に優秀な二人であるとは分かっているが、既存のやり方を全否定されることには遠藤自身も嫌気がさしており、現場の気持ちは分かるだけに、過度な期待が余計に重たく肩にのしかかった。

事業の方向性が決まらないことで、各機能チームが明確な目標設定ができないまま走っている中、既存のやり方を否定する新部長たちへの批判の声も相まって、新体制に批判的な社員も目立つようになってきた。

次第に、営業は売れないのは新サービスの価値が低いからだと言い、開発は営業の努力が足りないと言い、カスタマーサポートは受注がないと仕事のしようがないという責任の押し付け合いが始まる。

横の連携どころか、社内の関係性は悪化の一途を辿っていた。

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―解決すべき課題と対策の方向性

◆対立構造の整理
新サービス拡大のスピードを上げるために事業部制を導入し、事業の責任者として全責任を持って事業をリードして欲しい社長と、社長に振り回され権限も何もないと感じている遠藤。

上層部の対立により一向に進まない新サービス拡大に、新体制を批判する現場、あげくに社内での責任の押し付け合いが始まっていた。

こうした構図は、社長の強いリーダーシップのもとトップダウン型で成長してきた企業において、必ずと言っていいほど起こることである。

事業部長という大きな責任を負わせる一方で、当の事業部長は、十分な権限が与えられていないと感じている。自らの提案が結局社長に否定され、社長の言う通りに進めなければならないからだ。

また、外部から人財を入れ引き上げを図ろうとするも、既存のやり方を否定されたように受け止められ、メンバーから受け入れられない。せっかく変革のために新しいやり方を取り入れようにも、心理的な拒絶感から対立構造が生まれている。

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◆経営会議のあり方を見直す
第一の問題点は、トップと幹部陣との間における時間軸のずれである。

多くの場合、より遠い将来の展望に向けてスピード感を持って早急に会社を成長させたい社長と、その将来展望をイメージしきれておらず、自身の手に収まる範囲のスピード感で歩みたがる幹部陣との間で、スピード感ギャップが生じてしまうのである。

藤堂システムズも幹部陣同士のコミュニケーション不足により、この認識ギャップが生じており、社内の混乱に拍車をかけていたことは明らかだ。

稀に外部から優秀な人財を採用できた場合、トップよりもさらに早いスピードで物事を進めたがる幹部が、入社後に組織の現実を目の当たりにし、強い失望感から勢いを弱めてしまうこともある。

これもトップと幹部の間で「将来どの地点まで、どの程度のスピードで進みたいのか」という時間軸の目線合わせができていないことによって、生じてしまう問題である。

従って、課題はトップと幹部陣とのスピード感合わせと言えるだろう。

社長が一体この事業において「どのようなビジョンを描いているのか」「進みたいスピード感はどのような速度であるのか」、そして、「それは一体なぜなのか、どのような想いに基づいたものであるのか」についてしっかりと時間をかけて共有する必要がある。

トップと幹部陣の間における目線合わせは一朝一夕にできるものではない。
繰り返しコミュニケーションを取る中でピントやスピード感が合っていくものである。

おそらく、物事を早く進めたいトップからすると非常にもどかしい思いも感じるはずだ。

しかしながら、自分と共通のビジョンや時間軸を持った経営幹部人財、言い換えれば自身の「分身」とでも言える幹部を何人育てられるかが、組織のステージを一段上げる上では最優先課題である。

繰り返し会社の目指したい方向性や進む速度について共通認識を持つ場を設ける必要がある。

その一つの方法が、経営会議の刷新だろう。すでに何らかの「答え」を持った状態で運営されていた経営会議を、より多数の意見を取り入れ、幹部とともに答えを模索しながら運営される役員会にシフトチェンジしていくことは、有効な解決策の一つになり得る。

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それと同時に、経営会議のメンバーそのものも見直しを図りたい。

経営会議メンバーの構成を見直す際、本来なら参加要件にまだ満たないような階層のメンバーをどう引き上げるかも課題となる。

将来の幹部候補の引き上げ方法として、選抜教育の仕組みである「タレントサポートプログラム」を取り入れるのも一つだ。

「タレントサポートプログラム」とは、各階層から将来的な価値が高いと思われるポテンシャル人財を選抜し、直属の上司以外の幹部がメンターとなって、定期的なメンタリングを行うというものである。

日頃一定以上のパフォーマンスを発揮している社員ではあるが、その将来価値や本来のポテンシャルからするとまだ十分に力を発揮しきれていないメンバーを、より様々な角度から成長視点を与え、チャレンジングな仕事の機会を積極的に提供していくのである。

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また、所属部門や担当事業領域の違いを超えて、会社として必要なマインド要件・スキル要件を能力開発していく学習プログラムとしての「企業内大学」を立ち上げ、会社の中核を担うリーダーの登竜門にしていく施策も有効である。

当然、企業内大学におけるパフォーマンスの優劣も、その後の登用や機会獲得の参考材料となる。

◆意思決定のあり方のルールを見直す
第二の問題点は、責任と権限の不一致である。以前は成長の波に乗りIPOを目指したこともある藤堂システムズだが、当時はそこまで至らなかった。

藤堂社長はこの経験から、自身の独壇場ではなく、ガバナンスのきいた法人格になる必要性を痛切に感じている。

だからこそ幹部に「事業部長」という責任あるポジションを与えているわけだが、目指すゴール地点に到達するスピードを重視するあまり、途中で口出ししてしまうのである。

つまり、与えている「責任」に見合うだけの「権限」を結局のところ委譲できていない。責任あるポジションが新設されたとしても実態としての権限が委譲されなければ、社員は責任を負う意味を見失い、結果、組織変革は進まない。

よって、この問題に対しても、経営会議における意思決定のあり方を見直すことで解決を図る必要がある。

事業部長自らが現状の問題点、課題、それに対する有効な施策案を提示し、社長個人ではなく、共通の判断基準に基づいて判断していくことで、透明性があり納得度の高い事業運営スタイルに昇華されていくはずである。

こうした経営会議のトランスフォームにより、徐々に本当の意味での「責任と権限の一致」が実現されていく。

◆内部外部人財の融合
第三の問題点として、内外部の人財融合に向けた準備不足があげられる。

実は藤堂システムズは外部から経営管理を担える人財を採用しガバナンス強化を進める考えがあったのだが、内部人財との融合が上手くいかずガバナンスがきかないという状態に陥っていた。

内外の価値観の融合にはお互いの歩み寄りが必要であるが、実力のある外部人財が能力を発揮しきれずに追い出されるケースは意外にも多い。

組織変革には痛みが伴う、その痛みを消化しきれない内部人財が外部から来た人財に責任を押し付け、自ら変革の芽を摘んでしまっていることが想定される。

こうした内部人財と外部人財の溝を埋めるために、先述した「タレントサポートプログラム」の中でのメンター役や、「企業内大学」における講師役を、外部人財に積極的に担ってもらうことも有効な手段と言える。

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―変革への取り組みフェーズ1:新たなステージに向けた経営体制づくり

◆藤堂社長の反省、そして決意
藤堂は改めて過去のことを思い返し、決意を新たにしていた。

「以前IPOを諦めたときは、IPOを目指すだけの実力が自社内になかったと思う。もっと言えば私が成長を焦り過ぎて、しっかりと組織体制をつくりきれなかったのが反省点だ。今、一緒に頑張ってくれている社員にとって、IPOにどのような意味があるのか、もっとしつかりと話さなくてはいけない。事業に対してより当事者意識を持って欲しいからこそ事業部制を採用した。

もっと盤石な組織にしていかないといけないから、外部から積極的に幹部クラスの人財を採用してきた。ただ、いきなり上手くいくわけではない。
各事業部長が出してきた事業計画はまだまだ未熟なため、ついつい口を出したくなる。とはいえ、やはり私一人の力だけでIPOを実現させるのは難しい。もっと任せて、ときには失敗もしながら力を付けてもらおう」

過去IPOを諦めた社長の藤堂は、当時、失意の中で同時期に起業し一緒に切磋琢磨してきた友人のベンチャー経営者によく相談に行った。

以来、ここ5年ほど自身のメンターとして様々なアドバイスをもらってきた。

「事業部制はどうだ?何度も言っているように、いきなり上手くはいかないよ。だって今までお前が全て意思決定してきた会社だろう。突然、責任を持たされても、たいていの社員は困惑するばかりだ。

でも、その中でも必ず見込みのあるやつは一定数出てくるはずだ。それまで何度も会社の目指すビジョンを言い続けたり、自分がいつもどういう思考回路で意思決定しているのか、ちゃんと伝え続けないとダメだ。そうでないとまた5年前に逆戻りしてしまうぞ。その覚悟は大丈夫か?」

今まで何度も言われてきたアドバイスだ。

藤堂は新たに一つ決めたことがある。それはIPOを実現する盤石な経営基盤をつくるために、役員会を刷新することだ。

◆社長の決意に覚悟が決まる遠藤
遠藤は、今日から新しいスタイルに変わった役員会改め「幹部会」に、とても驚いていた。

まずは参加者の変化である。これまでごく一部の経営幹部しか参加できなかったものが、自分も含めて部門の責任者クラスが複数名参加できるように変わったのだった。これは大きな変化だ。

またその運営スタイルも、藤堂社長が改めて将来ビジョンとIPOに向けた決意を語り、そして、各部門に対する細かい指摘ではなく重点方針に対する期待とアドバイスのみ、というものだった。

今までのように、こちらの意見に対して否定的な態度を見せることもなかった。

社長からIPOの話は何度か聞き、そのたびに結局形にならず中途半端で終わるという経験をしてきている遠藤は、今回の社長の話も途中までは「また気まぐれに終わるだろう」と話半分に聞いていた。

しかし、今回ばかりは社長の本気が伝わってくるものがあった。

遠藤は未だかつて感じたことのないやる気をみなぎらせていた。

「社長がIPOを本気で考えていることは分かった。とはいえ、いろいろと難題もある。先日、社長に紹介されたCFOとCOOの候補は優秀な人たちのようだが、今まで当社にはいなかったタイプだ。また現場と対立が起こるのは目に見えている。そうなると、現場から不満が噴出したり、それによって優秀人財が、能力を存分に発揮できない状況になってしまうんじゃないか……」

その後、大手システムインテグレーション会社で新規事業本部長を経験してきたCOOと、大手会計事務所で二度のIPO支援を経験していたCFOが採用されることになった。

しかし遠藤の懸念通りCOO、CFO入社後のメンバーの反応は、ネガティブなものが多かった。

「また経営層に新たな人財が入ってきた。社長はやっぱりIPOを目指しているらしい。前回のときのように、『あるべき論』を振りかざされ、自分たちのやってきたことが否定されるのかな。また、社内の雰囲気は悪くなるだろうな……」

「新しい人が入るたびに新しい方向性が発表され、新しいやり方が取り入れられて、一体いつまで経営陣の入れ替わりによる混乱に巻き込まれなくてはいけないんだろう……」

数名の社員が愚痴をこぼしているのを耳にする日が続いた。

しかし、社長の決意に後押しされる形で、遠藤も自身の役割に覚悟を持つようになっていた。

「今回の社長の決意は固い。IPO自体は自分たちにとってもポジティブな側面が大きい。だからこそ新たな目標に向けて一致団結して頑張りたいと思っている。今回のこの体制で確実にIPO準備を進めていけるよう、自分が新しい経営層とメンバーとの緩衝材になっていかなくてはいけない」

その後、遠藤は緩衝材としての役割をこなすべく、現場と外部から来た優秀な幹部との橋渡し役として奔走した。

◆トップレピューによる社長と幹部との課題のすり合わせ
藤堂社長の新たな取り組みは続いた。幹部会も定着してきた中で、次の半期を向かえるタイミングで、「トップレビュー」というマネジメントスタイルを取り入れたのだ。

トップレビューは月に1回行われる、社長と部門長の1対1によるミーティングだ。今期の戦略方針や事業計画の進捗を確認しながら、今取り組むべき課題は何かのすり合わせを行う場である。

重要なのは、社長が指示命令を出す場ではない、ということだ。
あくまでも部門長自らが現状を定量的、定性的に報告し、それをどう捉えどう改善していきたいと考えているかを相談することが基本となる。

社長はあくまでも客観的にアドバイスする立場を貰き、部門長自身に意思決定をさせなくてはならない。

「この3か月で、KPIに設定してた半期の新規アカウント開拓目標の60パーセントまでクリアすることができています。新規の顧客開拓は順調にできています。

一方で課題は、新規契約顧客の稼働率です。契約後の利用頻度があまり高まらず、このままでは1年後、解約が増えてしまうのではないかと懸念しています」

「なぜ、稼働が高まらないと思う?」

「そうですね。一つはUIの問題でしょうか。ユーザーにとって、パッと見てすぐに使いこなせるようなシステムとはいえないのかもしれません。初期の導入研修などサポート体制を強化する必要があるでしょうか?」

「うん、そうだな。それも一つだが、まずはユーザー目線で具体的にどこに使い勝手の悪さがあるのか、きちんと把握することが必要なんじゃないか?クライアント先数社にインタビューでもしてみたらどうか」

「そうですね。それは必要ですね。早速、開発と営業のメンバーに相談し、
具体的問題点を明確にするためのクライアントインタビューを実施したいと思います」

最初は頼りなかった遠藤の報告や相談も、最近ではKPIに基づいた的確な報告と問題の抽出ができるようになり、議論すべきテーマにずれが生じにくくなったように思う。

このようなマネジメントスタイルが定着していけば、自分が目指すスピードで成長していくこともIPOの実現も、きっと夢物語ではなくなるはずだ。社長の藤堂はそう自信を深めていた。

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―変革への取り組みフェーズ2:会社の中核を担うリーダーを選抜プロセスにより引き上げる

◆幹部陣の意識変容が会社にポジティブな変化をもたらす
「最近の幹部会は以前よりも建設的で価値のある議論ができるようになってきたし、重点方針やKPIが明確に運用され、意思決定のスビードを上げることができている。遠藤もCOOやCFOに協力を仰ぎながら成長しようと頑張っているし、事実、遠藤が自らの意志を持った事業戦略を描けるようになってきて頼もしい」

社長の藤堂は幹部会で話される内容の変化を肌で感じ、IPOへのたしかな手ごたえを感じながら、次に必要となる打ち手について考えていた。

変わったのは幹部会だけではない。各事業部会議やチーム会議でも、会議のアジェンダや報告のフォーマットが用意され、重点アクションやKPIを週次で確認する土台が整い始めていた。

毎回、決定事項の進捗とリカバリー策を合わせて報告する必要があるため、各々が計画を立てて活動し、振り返るというPDCAサイクルがまわるようになってきていた。

こうした変化は、事業部長たちにリーダーとしての責任意識が芽生えたことが大きい。ひとたび自覚すると、正しいマネジメントを学ぼう、取り入れようという積極的な意識が働く。

これまでは、新しいやり方を押し付けられるのを嫌がっていたメンバーも、目的を理解しやるべきことが分かれば、行動は変えられるのだ。

◆次世代幹部の育成、内部からCXO人材が育つ仕維みづくり
「以前に比べて『組織』としての体を成し幹部陣に権限を委譲できてきている。幹部陣だけなく、チームメンバーにも主体性が生まれ、次世代リーダーになり得るメンバーにも目星がついてきた。

IPO後も事業を継続的に成長させる上ではもう何名か幹部が育って欲しいが、今後は自社のDNAやマインドが分かっている内部の人財が活躍できるようにしていきたい。遠藤には今かなり無理をして能力を一気に引き上げてもらっているので、もっと計画的に育成していく仕組みをつくっておきたいものだ」

社長の藤堂は、最近の会議や幹部陣からの報告を聞く中で、内部からCXO人財を生み出せる育成を進めていきたいと考えるようになっていた。

そこで短期間で事業部長へと成長していった遠藤に、どのような内容の教育や機会があると良いか考えてもらうことにした。

「内部からCXO人財が育つ仕組みには、事業責任者の疑似体験をさせておくことが大事なんじゃないか。自分のケースを振り返れば、売上・利益責任を負い、自分で意思決定を下していく、と言葉で聞いてイメージしていたことと、実際に経験したことには大きな差があり、その場に立ってみて初めて気づくことも多かった。何をどう、どこまで自分で判断したらよいのか、そこに一番戸惑った覚えがある。なので次世代の幹部候補を育てるには、事業部横断のプロジェクトや、新事業を任せていくなどのチャレンジの機会があるといいんじゃないか。

また、長くいればいる程、自分の持っているスキルや価値基準が藤堂システムズ独自のものに凝り固まってしまうため、なるべく一般的なスキルや判断基準を学べる場としてCOOやCFOにメンターの役割を担ってもらって進められるとよさそうだ」

遠藤は自身の経験を振り返り、次世代の幹部候補に任せるプロジェクトを用意し、疑似的な事業責任者を経験させる仕組みと、COOやCFOにメンター役を担ってもらい、フラットな意思決定ができる土台をつくっていく仕組み「タレントサポートプログラム」を提案することにした。

「いいんじゃないか。たしかにいきなり事業責任者になっても、そもそも自分で意思決定をする経験を持っていなければ、どうやって意思決定をしたらよいのか戸惑うのも分かる。まずは提案してくれたように、何かしらのプロジェクトを任せてみるのはいいかもしれない。その中で、ある程度権限を持たせて意思決定の重みややりがいを経験してもらおう。

それに、メンター制度も面白いな。直属の上司以外からアドバイスをもらえる機会は、スキルの幅を広げる上でも効果的だろう」

社長の藤堂は、遠藤の提案を前向きに受け入れてくれた。

「遠藤さん。今回は僕をタレントサポートプログラムに推薦してくれてありがとうございます。でも、今回新たなエリア展開のプロジェクトリーダーを任せてもらって、事業部長の仕事って大変なんだなって、すごくよく分かりました。

分からないことだらけの中で目標設定して、予算やら人の問題やら、たくさんのことを意思決定して、メンバーをリードしていかなくちゃならないし……すごく責任の重さを感じています。一方で、こういった機会が今までなかったので、CFOにサポートいただきながら新しいチャレンジを楽しんではいますが」

と、カスタマーサポートのリーダーが笑顔で報告してくれた。

藤堂が覚悟を決めたIPOという高い目標設定が契機となり、外部人財の登用でガバナンス強化することで、個人商店から法人格への生まれ変わりを遂げた。また、幹部陣が率先して内外部の融合を始め、遠藤が現場社員との緩衝材になることで大きな変化に対する社員の不安や不満を解消していった。

こうして全社員が一致団結してIPOに向かって進むことができるように、組織として変革を遂げていったのである。

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―終わりに

藤堂システムズの変革は、もともと権限委譲しきれない社長と、事業責任を負わない幹部との対立に端を発していた。優秀な幹部陣がいない、もしくは外部から登用しても上手く活かしきれず、辞めてしまうということを何度か繰り返していた。

高い目標を描きながらも成長が鈍化している企業にとっては、今回のケースは非常に共感できるところが多いであろう。

ただし、このようなステップを踏む際には、藤堂システムズの事例を踏まえ、以下のようなことが大切になる。

①トップと幹部陣との間における時間軸の目線合わせを行う
社員が現実感を持ってその目標を捉えられないために「他人事」になり、結果計画倒れに終わってしまうケースが多い。この状態が続くと、掲げた目標に誰もコミットしない目標未達が当たり前となり、組織風土も悪化する一方である。

これを避けるためには「何のためにやるのか?」というミッション・ビジョンのすり合わせ、目標達成の先に「実現したい世界観」の具体的なイメージを共有し、この「実現したい世界観」に対して社員がワクワクし一緒に実現したいと思うことが有効となる。

一方、この手の話は社員全員が集まる全社会議等で一度話されて終わるケースも多く、形骸化しやすい。

個人の目標設定とミッション・ビジョンをつなげることや、ミッション・ビジョンに即した仕事を表彰する制度の導入、日々のコミュニケーションの中に織り込んでいく等、定期的にリテンションしていかなければならない。

②内部外部人財の融合のステップ
先にも記したが、内部外部人財の融合は一気には起こらないため、経営幹部から融合を始め、お互いが信頼感を持って成長戦略実現のための仲間として建設的に議論ができる関係性を早期につくることが重要となる。

特に内部から登用された経営幹部が要となり、外部人財と社員との溝を埋めていく役割と、社員の考え方を引き上げていく役割の両方を担うことが望ましい。

内部から登用された経営幹部自身にも新たな成長を求められながら、この役割を担っていくため大きな負荷がかかる。この状況を乗り越えるためには、経営幹部以下のマネジメント層の巻き込みが重要だろう。

自分と同じ役割を担う者を増やし、徐々に全社員に広げていくというステップを踏めると良い。

③選抜プロセス・選抜教育の仕組み化
最後に、①②が上手く機能するためには人財育成の仕組みづくりが不可欠だ。

社内で成長意欲の高いメンバーが思う存分挑戦することができる環境があること、その発揮場面として選抜プロセス・選抜教育の仕組みがあると、将来幹部の育成に効果的である。

選抜プロセス・選抜教育においては、「平等」の考え方ではなく「公平」の価値観が基本となる。

「公平」とは、全ての人に対し、機会が均等に与えられながら、成果を上げた者が評価され、報われるシステムとなっていることである。

全員を「平等」に評価するのではなく、頑張ったものがより高く評価されることが「公平」の考え方だ。

こうした基本方針のもとで、内部からも次世代のリーダーを引き上げていくことができれば、成長は盤石なものとなるだろう。

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【モンスター組織CASE05 MBA新社長の戦略独走組織】

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▼登場人物
①二代目社長:松本一也(43歳)

・海外留学してMBAを取得した後に入社
・財務出身で意思決定に関する話が好き
・アイディアマンで何よりもスピードを重視するタイプ
・新しい価値観をどんどん取り入れていきたいと考えている。

②事業部長:井上 勇二(51歳)

・営業の統括責任者
・トップセールス、新規飛び込み営業の鬼。初代社長に付き従ってきた。
・プロセス重視、現場の気持ちを何より大切にする
・物事はゆっくりじっくり決めて進みたいタイプ
・昔から大切にしてきた文化を守っていきたいと考えている

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―イントロダクション

法人オフィス用品のレンタル・販売を行う松本商事。

近年、テレビ会謹システムをはじめとするIT 商品により順調に成長を重ねてきた松本商事は、現在 売上450億円、 社員数約900名の規模にまで成長した。

今年、創業34年を迎える松本商事に大きな変化が起ころうとしていた。海外留学しMBAを取得してきた現会長( 初代社長)の子息である松本一也が、二代目社長に就任したのである。

松本商事は、会長の目利きによる商品開発力や営業力が原動力となり、順調に成長してきた会社である。しかし、今後は市場縮小を余儀なくされており、今のやり方だけでは立ち行かなくなることが目に見えていた。

そのため会長は、息子が新しい風を巻き起こせるよう、留学の機会を与えた上で社長に就任させたのである。

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―変革前の松本商事

◆MBAホルダー二代目社長の就任
「わが社がこれから勝ち残るには、営業のやり方を革新しなくてはならない。 欧米で最先端の手法である新しい方法を採用すれば、事業計画シミュレーション上でも、売上成長率は倍以上迎うという明確な結果が出ている。しかし社員たちは、本当にこの戦略の意味を分かっているのだろうか……」

松本は社長就任後、MBAで学んだ手法を営業組織に取り入れようとしていた。これまで松本商事は新規顧客開拓を中心としたセールスを得意としていたが、今後、新規開拓ができる先は限られてくる。

そこで、提供する商品ラインナップを大幅に拡張し、既存顧客へのCRMを強化するため新たなツールを導入し、売上向上を図る戦略を描いていた。

松本は、留学前、管理系の責任者を任されており、財務系の知識は抜群であった。数年ではあるが営業経験もあり、そこに欧米流の最先端ツールと戦略を取り入れれば、会社を改革できると確信していた。

また松本は、改革を行うためには社員のスキルを強化しなくてはいけないと考え、教育研修についても新たな内容を導入していった。

「過去の価値観はどんどん壊していかなければならない。新規顧客ばかりを求めるセールスは時代遅れ。既存のお客様から感謝いただく機会を増やすことがこれからの時代には必要だ。そしてこの改革を成功に導くにはスピードが全てだ。どんどん新しいことを取り入れて、会社を次のステージに導いていこう」

松本は常にこう考えていた。

◆過去の成功体験から抜け出せない現場
「もうこんな時間なのに、半数以上の社員が仕事をしている……」
営業部門を率いる部長の井上勇二は、 腕時計を見ながら、営業スタッフたちを心配そうに見ていた。

「社長がやりたいことは分かる。しかし、ツールを入れたからといってすぐ成果を出せるわけではなく、長い時間がかかる。一方、営業部としては毎月の業績は是が非でも達成しなくてはならない。将来のことも大事だけど、数字が落ちては元も子もない。会長時代から大切にしてきた我々の強みを捨てるわけにはいかないし、何より、数字を上げるためにはこれまでのやり方を捨てるわけにはいかない

部長は、そう考えながらため息をつく。

「井上部長、お願いしていた資料はできましたか?」松本から井上へ声がかかる。

改革のためにスピードを何より重視している松本からはどんどん新しい指示が出る。一つこなしているうちにまた一つ。会議時間も増え、井上の疲労はピークに達していた。

一方、現場は井上以上に疲弊していた。

「今日もまた社長の欧米の話か。うちは外資系ではないし、何かが違う感じがするんだよな。それに数字の話ばかりで、現場のことを本当に分かってくれているのだろうか」

全社会議の後に、ある社員が口にする。

「そもそも、新規のお客様を開拓しながら、既存のお客様へのフォロー活動もするなんて無理があるよ。最近、研修やら会議やら何かと時間を取られるし……。まあそんなこと考えるより、今日もやること満載だから、早く仕事に戻ろう」

また別の社員が口にする。

ここ最近、営業メンバーは遅い時間まで残業することも多く、社歴の浅いメンバーを中心に、不満を持って退職するメンバーも発生していた。

毎月の目標数字は達成しており、一見順調のようには見えるが、実態としては社長の描く戦略を実践しているとは言い難く、皆、疲弊しきっていた。

次第に、会社の数字を支えるベテランメンバーにおいても退職者が発生し始めた。

そのような風潮の中、モチベーションを落とすメンバーも多く、お客様へのCS意識が高まるどころか、逆に以前より薄れてしまったのである。

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―解決すべき課題と対策の方向性

◆対立構造の心理
欧米流の手法を導入し、新しい風を巻き起こしたい社長と、やるべきことに追われ、疲弊している営業部隊。

新しいことをやろうと躍起になっている人と、それについていけずに立ち止まってしまう周囲、という構図が生じている。

過去の価値観を壊そうと新たな手法を導入したとしても、目の前の業績目標に目がいっている営業部門では、以前のやり方の方が着実に成果につながるという意識から、なかなか行動を変えることはできない。

改革にはスピードが大切という社長の考えの一方で、社長の指示によって、やるべきことが溢れてしまい、どんどん現場が疲弊してしまっている。

要するに、「現在価値の最大化」に動こうとする営業部門と「将来価値の創造」にも力を入れたい社長との間で、大きな溝が生まれているのだ。

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◆パイロットチームによる成功事例創出と、そこからの全社展開
現状の第一の問題点は、将来への危機感の不足である。松本商事の場合、現状で倒産の危機があるわけではなく、見ている視野の違う社長と社員では、危機意識に大きな差があると想定される。

社員によって差はあるだろうが、変革への動機を持つ社員は少ないと考えられる。

第二の問題点は、新戦略による成功事例の不在である。松本商事にはこれまで成果を重ねてきた確固たる手法があり、それが今でも有効である一方で、
新たな手法はまだ成果が出るかどうかが明確でない。

それゆえ社員はどちらも両立させようとせざるを得ず、やるべきことが溢れてしまい、結果的に短期成果を出すことを重視し過去の戦略にとらわれてしまっている。

加えて、変革に対する心理的ハードルもある。先代社長に付き従ってきたベテラン社員は、新たに打ち出された施策が昔の古き良き文化を壊してしまうのではないかという不安を持ち、変革に対し、後ろ向きなイメージを持っている可能性が高い。

従って、これらの問題点を解決するためには、正しい将来への危機感を持ち、成功するイメージを持って変革に取り組む先陣部隊の存在が必要であろう。

将来への危機感の不足には個人差があるため、営業部隊の中で、すでに新規顧客が減り危機感の強いメンバーや、社長の想いに共感しているメンバーなど、少数でよいので、変革への動機を持ちやすいメンバーを集め、パイロットチームを設立する。

このチームにおいて「新戦略による成功事例の不在」を解決すべく、成果を創出することが第一ステップとなる。

既存顧客からの売上を伸ばすためには、例えば、新商品を追加販売する際に対象となる他部署の担当者を紹介してもらうため、紹介営業手法を身につけることが肝となるかもしれない。

また、紹介を受けようにも既存顧客の満足度が低い状態では協力が得られないため、人間関係の再構染が肝となるかもしれない。

このような点を一つひとつ明確にしながら、現場上で成果を出すポイントを見出していくことがパイロットチームに求められる。

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なお、その際に注意しておきたいのは過去の戦略において何をコアバリューとて残し、何を捨てるべきかを明確にすることである。

特に、やるべきことが溢れる状況を解決するには、捨てることの明確化が大切となるが、今回のケースでは、残すことの明確化が心理的ハードルを解除する上での鍵となる。

そして変革の次のステップとして、成果事例を武器に携えた上で、変革に対する心理的ハードルを持つメンバーを巻き込むフェーズに移っていく。

松本商事の主流であるだろうこの層を変革するためには、過去を尊重するスタンスを見せながら、じっくり話し合い、過去と未来を融合する作業が必須となる。

欧米企業のように、人を次々と入れ替えることで変革のハードルを解除できる場合とは違い、伝統的な日本企業である松本商事においては、これまで会社の成長を担ってきたベテラン社員の意識を革新できるかどうかが肝となるため、以上のようなアプローチが有効であると考えられる。

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―変革への取り組みフェーズ1:新手法のパイロット展開

◆二代目社長を中心としたパイロットチーム編成
「たしかに、井上部長の言う通り、私の構想している内容を現場で実際に実行することは、今の営業組織では難しいということはよく分かった。外部のコンサルタントに入ってもらい、営業担当への動向やヒアリング、行動調査等によって現場の実態を見てもらったが、井上部長の主張も、もっともな結果だった。
いきなり全員に新しいことをやってもらうことは無理なので、まずはパイロットチームの絹成を井上部長と相談してみよう」

社長の松本は、そうつぶやいた。松本は、自らが考えた構想を実現しようと、井上部長以外にも、営業スタッフに実際のところどうなのかと話を聞いてみたり、いろいろと試みたが、なかなか要領を得なかった。

そこで、外部のコンサルタントに入ってもらい、客観的に自社の営業組織がどうなっているのかを見てもらったのだ。

結果は、おおよそ井上が話をしていた通りではあったが、外部の客観的な調査結果が入ることで、自身のプランの実現性が低いということを改めて理解したのである。

そして、まずは取り組みを小規模でスタートさせるよう計画を練り直したのであった。

「パイロット展開をするメンバーの構成はだいたい決まった。ある程度力量を持っていて、かつ新しいことにも進んで取り組んでくれるメンバーを、
井上部長とも相談して人選した。彼らならば、会社の未来をつくってくれるだろう。そして、井上部長にもこのプロジェクトには参加してもらおう。
最終的には彼が会社を変えるキーマンだから、これから取り組む内容を一番に理解してもらう必要がある」

社長の松本はこのように考え、パイロットチームを編成した。ここから、松本商事の新しいチャレンジが始まったのであった。

◆新たな取り組みに不安を感じる井上部長
「パイロットチームか……。私は入らなければいけないとは思っていたものの、いざ入るとなると、面倒だ。社長がやろうとしていることは、いまいち現実性がない。本当に成果が出るものだろうか。
むしろ、やってみて、やはり上手くいかないという結論になっても、それはそれでいいかもしれない」

部長の井上は、パイロットチームのキックオフミーティング前、こう考えながら仕事をしていた。事前に社長とさんざん話をしていた井上ですらこのような心理状態であり、参加するプロジェクトメンバーの不安、抵抗感は、より強いものがあった。

しかし、後に開かれるキックオフミーティングにおいて、彼らの意識は少しずつ変わっていくのである。

◆キックオフ会議後、徐々に動き始めるメンバー
「うちの会社が、3年後の市場を考えたときに、そこまで大変なことになるとは思っていなかった。なんとなくそういった情報は聞いたことはあるけど、今日の社長の話は鬼気迫るものがあったし、よくよく考えてみれば、
現場でもちょっと感じていることではある俺たちが会社を変革するために社長に任命されたのだし、ここは一つ、頑張って取り組んでみようか」

井上の部下である山下と田中は、周囲のメンバーと食事をとりながら、話していた。キックオフミーティングでは、社長から具体的な取り組みの話がある前に、現状の危機感を共有するということに焦点を当てて、皆で話し合いをした。

全社の中でも、もともと危機感を持っていそうで、かつ変革への取り組みをしやすいであろうメンバーを集めていたということもあり、また、皆で3年後の未来の予測データを見ながら未来を語り合う中で、今のままでは生き残れないのではないかということを強く実感したのであった。

「意外なことに、皆、やる気になったみたいだ。現場のメンバーがあれほど危機感を持っているとは思っていなかった。日頃からあれくらいやる気を出してくれれば、成績だってもっと上がるはずなのに……。まあ、とりあえず社長から言われたことはやっておくけど、この取り組みは、本当に意味はあるのだろうか。今まで俺が考えてきたこととは、全然違うことだから、いまいちよく分からない……」

部長の井上は、社長の方針に対するメンバーの反応を見て、一定の共感は得たものの、半信半疑の状態であった。

◆パイロット展開により成功事例をつくる松本社長
「今日の会議の中で、一番やる気がありそうだったのは、あの二人か。一方で、まだいまいち乗り気になれていないメンバーも多かったな。社内から厳選したといっても、やはり差は生まれるものだ。まずは、一番動いてくれそうな二人を、私も徹底してサポートをしていこう」

社長の松本は、キックオフミーティングを振り返って、こうつぶやく。社長の考える通り、パイロットチームの中でも、取り組みに対する意欲には温度差があった。

まずは成功事例をつくることが大切であると考え、山下を含む意欲の高かった2名に、個別サポートを行うことにした。

「パイロットチームの取り組みは、3か月という短い期間であるが、どれだけ成果をつくれるかが勝負だ。
次のミーティングは2週間後だが、そこまでに小さくてもいいから成果が欲しい。特に、山下君と田中君。この二人はかなりやる気になっていたようだから、井上部長からも、是非サポートしてあげて欲しい」

社長の松本は、井上部長にこのように伝えた。パイロットチームとはいえ、何かしらの成果が見えないと、メンバーのモチベーションが続かないということはよく理解していたのである。

そこでキックオフミーティングにおいても、2週間の活動で見える小さな成果を設定したのであった。

「山下と田中?二人は正直、あまり成績は良くないし、他のメンバーたちと比較しても、営業力は劣っているのではないだろうか……」

部長の井上は、疑問を持ちながらも口には出さなかった。

しかし社長の松本は、今回の取り組みは過去のやり方で成功している人=現在のトップセールスでない人の方が、成功するのではないかと感じていたのであった。

◆小さな成果がパイロットチームに波及していく
「社長がおっしゃっていただいたことを、現場に落とし込んで取り組んでみました。そうしたら、予想外にお客様からの反応が良かったです!まだ具体的な売上につながったわけではないですが、これを3か月続けられれば、成果が出る兆しは見えたような気がします」

パイロットチームでの会議で、山下はこのように発言した。前回の会議から2週間、山下は現場でいろいろと工夫を重ねて、取り組みをしていたのであった。

2週間という短い期間であったが、行動に移したのである。途中、部長の井上にも相談を持ち掛け、ヒントをもらえたことも大きかった。

部長の井上もはじめのうちは、あまり本気で考えてくれない感じもあったが、山下が本気で取り組もうとしている姿勢を見て、少しずつではあるがアイディアを出してくれるようになってきたのであった。

「山下さん、その取り組み、どのようにやったのか、もっと聞かせてもらってもいいですか?正直、どう取り組んでいいのか、まだあまりイメージが持てていないので」

他のメンバーから声があがる。実際、この2週間でまともに活動をできたのは、山下くらいであった。

他のメンバーは、いろいろと考えて手を止めてしまったり、既存の業務も多々あるので新しい取り組みのことなど忘れていた、というメンバーが大半であった。

はじめのキックオフの取り組みとして、全体的な活動状況は決して評価できるものではなかったが、山下の頑張りは、チームとして新たな学びにつながったのである。

◆全社に広げるための成果を創出するパイロットチーム
山下が小さな成果を残してから、パイロットチームの活動は、大きく変化していった。皆やれば成果につながるということが分かり、かつ現場での具体的な動き方も分かり、個人個人が創意工夫をしながら取り組みを進めたのであった。

パイロットチームメンバーは、週に1回集まりじっくりミーティングをしつつ、ミーティングの場以外でもオンラインでのコミュニケーションの場をつくることで、それぞれの活動を共有し合った。

山下だけでなく、様々なメンバーが新たなチャレンジを行い、上手くいったこと、上手くいかなかったことを含め共有し合った。

それにより、チームとしてのPDCAが早期にまわり、かつメンバーの意欲も相互間に高めることができた。その結果、通常の部門が3か月かけて活動する成果よりも、約2倍の実績を出すことができたのである。

――――――――――――――――――――

―変革への取り組みフェーズ2:新手法の全社展開

◆全社への展開方法を模索する井上
「はじめは半信半疑であったが、パイロットチームの実績はなかなかのものだった。ただしこれは山下と田中がいたから成り立ったものだ。個人の能力があったことが前提であり、全社へこのまま展開しても上手くはいかないだろう」

部長の井上は、これまでの展開に一定の手ごたえは感じているものの、全社への展開にはまだ否定的であった。

そのような想いを知っていたかのように、社長から、全社へ展開するにはまだまだハードルがあるが、井上部長はどう考えるか?と、問いかけられた。

「全社に展開するためには、山下や田中のセールスカをしつかりとノウハウ化することが必要だ。新しい手法のマニュアルや研修プログラムをつくることは彼らに担ってもらうとしても、本当にそれだけで上手くいくだろうか……。
何が自分の中で引っかかっているのかよくよく考えてみると、一番は、手法よりも現場での時間の使い方に問題があるということかもしれない。
パイロットチームのメンバーは、ある程度既存の仕事を制御して、新しい取り組みをさせていたから成り立ったが、全国のメンバーとなるとそうはいかない。ただでさえ現場は疲弊しきっている状態の中、新たな取り組みはやはり難しいのではないだろうか……」

パイロットチームの展開の当初、井上は前向きな意識ではなかったが、チームの取り組みを通じて実際に現場メンバーが変化していく姿を見ることで、
会社の将来にとって価値のある取り組みだということを無意識のうちに気づいていた。

依然として批判的ながらも、山下や田中に引っ張られて、少しずつ前向きな考えをするようにはなってきたのである。松本社長の思惑が、見事に功を奏したと言える。

しかし、井上部長の心配は正しく、全社メンバーが新しいことに使う時間がない、という壁があることは、実際に大きな問題であった。

パイロットチームメンバーが取り組む際には、これまでの担当顧客を他の若手メンバーに引き継ぐなどして、新しいことに取り組む時間を創出することができた。しかし、全国のスタッフとなるとそうはいかない。

採用難で営業スタッフの増員もそれほどできていないし、出来ていてもまだまだ仕事を任せられない若手が多く、業務の割り振りがすぐにできるわけではない。忙しさに追われているという状況は、以前から変わっていなかった。

◆現場の負荷を減らすための施策
「うちの営業現場は、昔ながらのアナログな世界です。デジタルツールを取り入れることによって営業スタッフの業務負荷を減らしてあげることができれば良いのではないでしょうか」

井上部長が山下や田中と打ち合わせをしていたところ、山下からこのような意見があがる。

たしかに松本商事は老舗企業であり、かつ業界全体的にもアナログで昔ながらの営業スタイルが求められることもあり、あまりデジタル化への取り組みは進んでいなかった。

ベテラン社員も多いため、デジタルツールを導入してもどうせ使いこなせないだろうと、はなからツールの導入を諦めていたこともある。

「全国の営業スタッフの行動調査を行いましたが、営業スタッフの負荷業務を減らすためには、彼らが日々お客様の現場へ訪問して案内している新商品の紹介などを、デジタルツールを使って簡易化することが有効です。また営業スタッフの日報から時間の使い方を分析しましたが、やはりここに大半の時間を使っていることが分かりました。
新商品の案内を行うことは、新たな営業手法を展開する上でも非常に重要なことですが、営業が時間をかけるべきターゲットと、そうでないターゲットを分けることで、抜本的な生産性改善が可能です」

その後、井上は外部のコンサルタントから、このようなアドバイスをもらっていた。

「たしかに、既存顧客からの売上を高めようと戦略を立てても、全ての顧客で売上が高まるわけではない。むしろ売上が高まる可能性のある顧客は、
営業難易度が高かったり、競合他社も多数いたりするため、営業スタッフは対応を避けがちになり、仲の良い顧客の訪問ばかりしてしまう。
営業スタッフの気持ちを考えると、お客様を選別するということはやりたくないが、合理的に考えれば、ある程度の強弱は付けていくことが必要だろう」

井上はそう考え、全社展開へ向けての一歩を踏み出した。

具体的には、最新のデジタルツールを利用して、既存顧客における重点ターゲットを選定する機能や、低ランクターゲットに対してはデジタルでの案内と電話フォローもしくはWEB会議を行うことで満足度を高める体制を構築した。

新手法の導入に際して、負荷が増えるだけではなく、効率も上げながら新しい手法も導入することの両立を実現したのである。

◆全社への展開
「やっとここまで来たか……長い道のりだったが、井上部長のおかげで何とか全国の皆に、この取り組みを広めていけそうだ。とはいえ現場メンバーには、私ではなく先代社長に従ってきたベテランメンバーも多い。過去の戦略を否定するだけじゃなく、大切にすべき点もしっかりと説明しよう。
そして何より、パイロットチームメンバーの言葉で、新しい手法を全国メンバーへ広げてもらおう」

社長の松本は、全社営業スタッフへ向けた研修の前、このように考えていた。

実際に全社への研修においては、社長からの話もあったが、井上部長やパイロットチームメンバーからの発表がメインであった。

3か月間、現場で実践して成果が出た内容であり、かつ自分たちと同じ立場の営業スタッフが取り組んだ具体的な内容は、社長が話をするよりも何倍も効果があった。

こうして、全国スタッフにおける取り組みが始まった。ただし、当然ながらすぐに成果が出るわけではない。そこで全体の活動促進のために、パイロットチームメンバーが活躍をみせた。

パイロットチームメンバーがそれぞれフォローする支店の担当を持ち、月に1回程度、現場のサポートにまわったのである。

実際に取り組んで成果の出ているメンバーであり、かつはじめにどんなことで躓くか分かるため、現場の気持ちを捉えつつサポートをすることができた。

さらに事務局からも、定期的に全国スタッフを集めて研修を開催し、取り組みにおける成果事例をピックアップして、該当支店から発表してもらったり、ベストプラクティス事例として、社内通信を配布したりした。

こうした取り組みも功を奏し、はじめは懸念されたデジタルツールの活用も、何とか全国スタッフに浸透された。

社長の松本が、トップダウンで進めようとしていた新たな営業手法は、最終的には、現場スタッフが自主的に高いモチベーションを持って取り組むようになった。

社長が何も言わずともPDCAをまわしながら、大きな成果を獲得できる組織として変革を遂げていったのである。

――――――――――――――――――――

―終わりに

松本商事の変革においては、パイロットチームを組成し、実際に現場メンバーを巻き込みながら小さな成果を出すことができたことが、とても大きかった。

このようにパイロットチーム展開から全国展開へと取り組むことは、変革を拒む風土の組織を変えていくのには、非常に有効である。

ただし、このようなステップを踏む際には、松本商事の事例を踏まえ以下の点が大切となる

①パイロットチームにおけるメンバー編成
松本商事の事例でもあったように、メンバーの編成はとても重要な要素である。

将来への危機感を持っており意欲的に取り組んでくれるであろうメンバーを選定することが大前提だが、それに加え、売れているメンバー=新しい手法でも成果を出せるメンバーとは限らないことに注意する必要がある。

過去の手法と新しい手法で、求められる能力は往々にして異なるため、それを見極めた上での人選が必要となる。

また、最終的に全国へ展開する際のキーマンとなるものの心理的ハードルを持っているであろう人を、早い段階から巻き込んでしまうこともポイントとなる。

なお、そのようなキーマンが多く存在する場合は、全員を巻き込むと、パイロットチーム自体の取り組みが進まなくなる恐れがあるため、途中途中で報告会を設け、その際に意見を求めながら巻き込んでいくなどのスタイルを取ることが有効である

②パイロットチームの中で小さな成果を創出し、伝播させる
厳選したメンバーで組成したパイロットチームであっても、取り組みに対する意欲は、その中で差が生まれる。

パイロットチームだからといって、いきなり全員に成果を求めることは難しい。ここでも、まずは最も成果を出してくれそうな人に焦点を絞って徹底的にフォローし、小さな成果を出してもらう必要がある。

一つ、二つと成果事例が出てくれば、チーム全体のモチベーションにつながってくるため、小さな成果創出をどれだけ早く実現できるかが、パイロットチーム展開では大事なポイントとなる。

③成果創出に際してハードルとなることを取り除く
パイロットチーム展開に際しては、さらにハードルとなる要因を全て取り除く必要がある。

松本商事でいえば、新しい取り組みに使う時間であったが、それは当初より松本社長と井上部長が、各スタッフの担当顧客を一部引き継がせるなどして、相応の時間を割ける体制をつくっていた。

時間は往々にしてハードルとなりやすいが、それ以外にも様々なハードルが存在しうる。例えば、各営業スタッフが所属する支店長が新しい取り組みに反対するということもある。その場合は、社長や部長が支店長を説得する必要があるだろう。

このようにありとあらゆるハードルを解除して、新しい取り組みに対して、一直線で取り組める環境をつくることが大切となる。

④全国展開におけるハードルを想定し、解除する施策を打つ
パイロットチームで成功した内容をそのまま全国へ展開しても、上手くいかないケースも多い。

パイロットチームにおいても、取り組みに対して様々なハードルがあったが、そのハードルが、全国の営業スタッフとなると、さらに取り除きにくくなるからである。

これを気合いでどうにかしろと危機感をあおり、新手法を教育するだけでは上手くいかない。松本商事においては、時間の使い方が最もハードルとなっており、そのハードルをデジタルツールの活用によって解除していた。

新しいことをやるなら、明確に時間の使い方を変えて、余裕ができた分を新しい営業に使うなど、より具体的にハードルを解除していくことが必要となる。

⑤パイロットチームメンバーを伝道師とする
ハードルの解除に成功すれば、あとはパイロットチームで展開したことと成功事例をどんどんと広げていけば良いが、全国スタッフとなると、なかなか集まる機会も頻繁に設けられず、コントロールしにくくなる。

そこで活躍するのが、パイロットチームメンバーである。彼らは、すでに成果を出しており、かつ取り組みの難しさも肌で感じているメンバーであるため、良き師となるだろう。

彼らに全国支店を改革するというミッションを持ってもらい、伝道師として新たな手法を伝え、普及させてもらうことができれば、取り組みは一気に加速することとなる。


今日もいちにち頑張りましょう!
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